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ハッピーエンドを待っている ~転生したけど前世の記憶を思い出したい~

3.産まれ落ちた世界線

 次に目の開いた時、見知らぬ揺籠の中だった。

 俺は、産まれたばかりで、決して裕福そうな籠と衣服ではなかった。


 《ここは、一体どこだ?》


「あぅ‥」


 小さな手、生地の悪いベビー服。古い木の柱が傍目に見える。



 《俺は‥生まれ変わったのか?》


 奴は、次の人生へ導く者だと言った。

 まだだ、覚えてる。あの金髪の胡散臭いギリシャ神話の様な奴を‥



 《俺は暁(あきら)だった。そして、俺を残して逝った者》


 名前は‥‥



 あ‥れ‥‥‥名前‥‥名前は‥‥‥




 名前は‥‥





 小さな身体は俺の心と同様に震えていた。



 名前が、思い出さない。



「うぅ‥うぁぁぁ〜」



 赤ん坊だから、泣いてるんじゃない。

 思い出せない、名前を。それなのに、番(つがい)という言葉に涙が出る。

 どうして思い出さない。なぜ知らない?

 あいつの事はわかってるのに、言葉も覚えているのに、どうして‥‥どうして!!!




「あら、私の坊や、どうしたの?寂しかったの?」

 ふと身体が宙に浮き上がる。それはその声の主に抱き上げられたのだった。


 綺麗な長い銀髪の、青色の瞳をした若い女性。


「母がきましたよ?もう泣かないで?」

 ふんわりと優しく微笑む。この人が俺の母親?


「私の愛しいテオドール」



 《テ、テオドール?》



 めっさ外人‥‥やば、俺、日本人じゃねぇ。

 顔見てぇ、髪みてぇ。俺ひょっとして、この母親とおんなじ?



 俺を抱いて、母は鼻歌を歌いながらくるりと回り、

 俺の願いを叶えてくれた。

 近くにあった壁鏡に向き合い、俺と頬を寄せて、ふふっと笑った。


「ほら、見て?泣いてる顔より笑った顔が最高に可愛らしいのよ?ほら、母様に笑って見せて?」




 短い銀髪に‥‥俺は、暁の瞳。



 あぁ、俺はどこに産まれ落ちてしまったんだ。



 母の顔を小さな手で触る。そうすると母は嬉しそうにまた笑って見せた。


「ふふっ、髪は私と同じでも、顔と瞳の色、オリヴァー様にそっくりね?」



 オリヴァーとは、きっと俺の父親の名であろう。

 それくらい分かる。俺は記憶を持ったまま、この世界に生まれてきた。

でもここがどこだか、この小さな身体ではわからない。

 成す術もなく、俺はこの世の母に抱かれていた。




 《俺は、どうしたらいい‥?》





 片手いっぱい分の記憶と、指の隙間から零れ落ちていく、番(つがい)の言葉。



 日に日に大きくなる俺と同様に深まっていく謎の番つがい



 俺は‥‥何を忘れている?


 ‥誰を忘れている?



 赤ん坊の体と頭は、俺の心とはうまく一致しない。

 考え事しても、急に眠くなるし、赤ん坊に戻っては、日本人の俺が交差する。

 4歳を迎えた頃、ようやくこの世界が分かり始めてきた。



 ここは、帝国アレキサンドライト。日本人の記憶がある俺はまるで、ラノベの中の様な気持ちで国の事を覚え始めた。



 父親は、オリヴァー・アレキサンドライト

 帝国の皇太子であった。

 母は平民だが、とても美しい容姿の城下街の花屋の娘で、両親を亡くし、一人で花屋を営んでいた。

 名をマーガレットという。


 ありがちな話だった。日本でラノベの存在を知っている俺にとっては。お忍びで城下に出た皇太子が平民の娘と恋をする。けれど、身分の差もあり、結婚できず母は皇太子との愛を諦めながらも、俺を身籠もり皇族の血を継ぐ俺を隠してひっそりと両親の残した花屋で俺を育てていた。


 そんなところだろう?


 父親も皇太子として、母との恋を諦め由緒正しき家門の女と結婚した。だが、皇太子妃との間に子供はまだ居らず、俺がひっそりと第一王子。



 はっ‥‥俺が王子だなんて、随分待遇いいんじゃね?

 いや、そうでもないんだっけ?

 平民との子供なのだから、皇太子夫妻に子供が産まれれば、そいつが後継者。そもそも皇太子の子供とはされていない。婚外子。この世界で、暁色の瞳は珍しい訳じゃない。


 まぁ、カラコンと変わんねーだろ・・・。


 悪態を心の中で呟きながら、

 初めて俺を写した鏡を見つめた。



 日本人の俺じゃない。髪の色も目の色も。

 だが、俺(あきら)である。

 けれど、テオドールでもある。切って離せない‥。

 暁としての記憶はあの金髪のギリシャ神話野郎の一時とも一緒に頭に、心に、刻まれている。



 名前も思い出せない、誰かが生かしてくれた俺の人生。


 前の人生で、生涯を共にした嫁がいたことだって覚えている。



 なんて奴だ。俺だって、この世界の父親と変わらない。

 

 そんな想いをずっと抱いた。



 誰かを犠牲にして、俺は、他の人を伴侶とした。



 母はそれでも、父を、皇太子を愛していると

 寝る前にまるで子守唄でも歌う様に話す。


 〝とても素晴らしい人なのよ。あなたはオリヴァー様にそっくりよ?あなたを見ているだけで幸せだわ。〟


 それは母の口癖だった。

 


 綺麗な母は、いつも笑顔で父親の話をする。まるでここに存在するかのように。




 あんたは、満足なのか?



 他の女と結婚しても、許せるのか?



 それは愛であるからか?




 俺は、考える度に、

 心が散り散りになる程胸が痛くなる‥‥



 思い出せないくせに、胸が痛くなる。


 母の様な人に今も昔も、俺は守られていた?



 何故、そんな事が出来る?


 俺は知りたい。そんな自己犠牲を俺は知らない。



 他の奴と生涯を共にする奴なんか‥‥覚えてないとは言え、反吐が出そうだ。


 俺と生涯を共にした嫁にだって失礼な話だ。




 そんなことを思うたび・・・



 俺は俺自身を許せない。


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