あわしま・かわたれ日記(3) 「家宝」

 我が家には家宝はない。テレビで品物を鑑定する番組を見るたびに、父は 

「うちには何にもないな。」

と口癖のように言っていた。

 高校生の夏、寮がある浦佐からふるさと粟島へ戻り玄関を開ける。
「ただいま。」
「マ~・サ~・ヨ~・シ~。」

あきらからにいつもの父とは違う嬉しそうな声だ。

「父ちゃん、何でそんなに嬉しそうなの?なんかあった?」
「実はな…。」

「何だよ父ちゃん、もったいぶって。」

「実はね…。」

「だから何だよ、父ちゃん。」

「聞きたい?」

「もぉ~。」

「あのな。すごい絵皿もらってきたんだよ。武者小路実篤って知ってるか?」

「うん。聞いたことある。たしか作家でしょ。」

「そう。その武者小路実篤の絵皿がうちにあるんだよ。」

「うそっ!?そんなわけないでしょ。」

「いやさぁ、これが本当なんだって。」

父の目は血走っている。

「本当に!?父ちゃん、すごいじゃん。どうして、うちにあるの?」

「この間な、新潟市にいる知り合いの家に行ったんだ。ふと見ると、どこかで見たことがある絵皿が台所にあったんだ。普段からその絵皿を使っているのか、たわしがのっかってた。(これは!!)と思い、だめもとで

『その皿欲しいんだけど。』

と言ったらあっさりくれたんだ。

「どこにあるの。見せてよ。」

「2階のタンスの中に入っているから、見てみろよ。大切に扱うんだぞ。絶対に落とすなよ。」

「うん。」

「あれは我が家の家宝になるぞ。」

父は自慢げに言った。そんな父の言葉を受けてタンスがある2階の部屋に向かった。そしてゆっくりタンスを開けると、紫の格調高い風呂敷に包まれているものがあった。その風呂敷を丁寧に、そっと開けると中から絵皿が出て来た。

(お~!!これか!!)
皿を手に取り、ゆっくりと動かしながらいろいろな角度から見た。
(ん!?あれっ!?皿の裏に何か書いてある。)

その皿の裏を見たところ、FINE CHINAと印字してあった。

「チャ、チャ、チャイナ~!!!!!!!!」

思わず声が出た。父の喜ぶ顔を頭に浮かべながら、絵皿を再び風呂敷に包み、そっとタンスの奥にしまった。

2階から下に降りると

「どうだった!?」

と、父が嬉しそうに聞いた。

「うっ、うん。すっ、すごいよ。うっ、うちの家宝になるかも…。」

そう言うと、父は満面の笑みを浮かベて言った。
「きっとあいつはあの皿の価値がわかってないんだな。アハハハハハハハ!!」」
皿の価値を知らないのは父の方である。

 我が家には高い絵皿も、有名なブランド品なども一切ない。だが、こういう父がいる粟島の家族こそ我が家の家宝なんだと思う。今でも父が大事にしてあった「武者小路実篤」の絵皿はタンスの奥にそっとしまってある。

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