言語の散歩 第二話 「宇宙人的強盗事件解決方法は間主観性である」

 猫カフェを出た後、私はふらりと町に探索に出た。いまのところ、人間については「不思議、不気味、面倒くさい、怖い」ということしか記録できていない。正直このままだとやばいので、町になにかヒントはないかと探索に出たわけである。
 それにしても暑い。地球は日に日に暑さを増していっている気がする。現状が解決されないなら、「地球」ではなくもはや「火球」と改名したがよろしいのではないだろうか。
 うん、探索は涼んだ後にしよう。
 私は、ちょうど目についた冷房がきいてそうな建物へと入っていった。

「なんだおめぇ!」
 入った瞬間に私に向けられた言葉はそれだった。
 おかしい。普通は、「いらっしゃいませ」と言って迎えられるものではないだろうか。聞き間違いかと思ったが、一文字もかすっていないのでおそらくそうではない。
「ふせろや!」
 続いて、「ご用件は何ですか?」の代わりにそう言われてしまった。
 改めて周囲を確認してみる。前方では、黒い銃器を手に持った黒ずくめの男5人がいて、銃をまっすぐ私に向けていた。その奥では、顔を真っ青に染めた人間がせっせと袋に金をつめている。
 そして、至るところで、大勢の客たちが頭に手を乗せて、床に寝そべっていた。
「なめてんのか、てめぇ!」
 とたんに、袋に金を入れていた人間が私にジェスチャーを送ってきた。寝ろ、と言っているようだ。正直私に銃は通用しないのだが、課題レポートをまとめる前に正体がばれては今までの苦労が水の泡なので、言われた通りにすることにした。
 案外やってみると、床がひんやりして気持ちがいいーーなんてことはなく、目の前にサラリーマンのあちこちを歩き回ったであろう靴後が飛び込んできた際には、ひぇっと情けない声が飛び出てまった。
「動いてみろ! 撃つぞ」
 黒ずくめの男の一人が上からそう言ってきた。
 ふむ。
 床に這いつくばったまま(実際は数ミリ浮いている)、私は脳内で記録ノートを開いた。
 そこにはこう書いてある。

【間主観性:
主観的な発話に、聞き手の参与を誘発すること。また、ここでの主観的とは、話者の視点や思考が発話に現れていることとする。
例: 「このチーズ饅頭おいしい!」は発話者の感情を示すので主観的。これが「このチーズ饅頭食ってみろ、おいしいぜ!」になると、発話と同時に相手に食べるよう促し、相手に働きかけているため「間」主観的。】

 メモは以上である。
 そして、私はメモを閉じて、先ほどの「動いてみろ! 撃つぞ」という男の言葉を考えてみた。
暇だからしかたないのだ。
 思うに、男の先ほどの発言は間主観的である。なぜなら、動くという動作は、聞き手(我々)の動作を示している。つまりは、「もし~ならーだ」という仮定の中に、聞き手の動作が含まれているのである。必然的に聞き手はその発話に関与することになるから、間主観的と考えるには十分ではないか。
 そして、その間主観性だが、それはインポライトネスに通ずると推測する。相手を脅かすという点で、聞き手のフェイスを侵害しているからだ。 
(インポライトネスに関しては、第一話を参照いただきたい)
 つまりは、間主観性もインポライトネスも互いに関係かあるのかもしれない。
 んーー?
 私の頭に、しょうもない考えが浮かんできた。
 もし、男が主観的な発言しかできなくなったらどうなるであろうか? 相手との相互作用を発話に含めなくなるのだから、もしかしたら、聞き手を脅かすことができなくなるのではないか。
 私は、実験してみることにした。
「いいか? もし動くのを見たら、撃つんだぞ?」
 男はそう言って、すぐに頭に疑問符を浮かべた。そして再び口を開く。
「動かれてみろ。計画は失敗だぞ?」
 そうは言いつつも、男はまたもや不思議そうに頭を横にかしげた。それもそうであろう。他所から自身の発話を操られているのだから。
「おい、どうしたんだ?」
 威嚇ではなく自己確認をしだした仲間に、別の男は怪訝そうに問いかけた。せっかくなので、こちらの方の発話も操作させてもらおう。いや、もう5人まとめてでいいか。
「だからっ! 早く金をつめ……てほしい……?」
「さっさとし……てくれないかなぁ……?」
「おm……あいつらさっきから変だな……?」
「いったい、どう……なってる?」
「いいかげんに……してもらいたいなぁ……?」
 ふむ、と私は床のフットプリントとにらめっこしながら考えた。
 もし、発話から相手の存在が排除されたら、それはもはや独り言となる。いくら周りに人が何人いようと、全体的に主観的な発話が貫かれたら、たちまちコミュニケーションは取れなくなるようだ。
 そうなると、言語の意義とはなにだろう? 
 人は、他者と意志疎通を図るために言葉を発達させてきた。その本来の目的が遂行されないとなれば、言葉は必要なくなってくる。このまま他者を考慮しない発話が広まれば、もはや人の言葉は衰退するしかないのではないか? そしていずれは消えてしまうーー。
 いっそのこと全人類を操作して言葉の行く末を観察してみるが手っ取り早いかもしれない。そう思ったときだった。
「おらぁぁぁ!」
 先ほどまで床に寝そべっていた男たちが、一斉に黒ずくめの男たちに襲いかかった。
 突然のことに、黒ずくめズのたちの反応が遅れる。
「びびるこたぁなかったな!」
「間抜けったらありしゃしない」
 男たちは、完全に床に伸びた黒ずくめたちを見て、そう笑いあっていた。とたんに、周囲から歓声が上がる。
 そして、あろうことか、人間たちはその男たちを異様に褒め称え始めた。
 おかしい。どちらかというと手柄は私のものなのにーー。
 その日、真の活躍者をさておいて、棚から牡丹餅のクエストを達成した男たちが誉められるのを見て、私はなんとも優れない気持ちで建物を後にした。

【追加。人間、ひどい】

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