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塗料メーカーで働く 第四十二話 共同研究の方針

  8月28日(水)午前11時 米村部長と川上課長と川緑はJR新横浜駅近くにある松頭産業社の事務所を訪ね そこで野崎部長 菊川課長 奥田氏と合流し ケイトウ電機社へ向かった。

 この日の午後 菊川課長の企画した3社の共同研究TKM会の2回目の会合が予定されていた。

 TKM会の開催は それぞれの会社の部門責任者等の合意の下に開かれたのではなく とりあえず泳がせて様子を見ようという彼等の思惑の中でスタートすることになった。

 午後1時 ケイトウ電機社 放電灯事業部の会議室に入ると そこに 内藤次長と数名の技術者と営業部の数名が待機していた。                                                  

 訪問者等が席につくと 会議の参加者等は それぞれ自己紹介を行い その後 本題に入った。 

 今回の会議の目的は 川緑のまとめた共同研究案をたたき台にして 関係者等の意見を集約し 今後の方針を決定することだった。           

 川緑の提案した共同研究案のテーマは 「ランプ特性とUVカラーインクの硬化性に関する研究」で その研究内容は 4つの検討を柱としたものだった。

 検討の1つ目は ブロードな発光波長域をもつキセノン分光光源を用いたUVカラーインクの露光実験であり UVカラーインクの各波長の光に対する硬化性を評価するものだった。 

 検討の2つ目は 露光したUVカラーインクの微小なエリアの硬化状態を定量的に評価する実験であり この実験結果を基に 1つ目の検討で得られるインクの硬化性への光の波長の影響を数値化するものだった。

 検討の3つ目は ケイトウ電機社の現行のUVランプと現行のUVカラーインク各色とを組み合わせた露光実験であり UVカラーインクの硬化に適したUVランプを比較検討するものだった。

 検討の4つ目は 以上の3つの検討結果を基に 「UV硬化型樹脂の硬化の理論」を構築し その理論を基にUVカラーインクの硬化状態を数値計算するシミュレーションソフトを作成し その計算結果をインクとUVランプの設計に反映するものだった。 

 報告の最後に 川緑は 「今回報告しました一連の検討がうまくいくかどうかは UVカラーインクの微小なエリアの硬化状態を評価することが出来るかどうかにかかっています。 評価装置として最新の顕微FT-IR装置を考えています。」と言った。

 顕微FT-IR装置とは 顕微鏡付きの赤外分光分析装置のことで 顕微鏡を通して赤外線を照射し試料の微小なエリアの分子の状態を分析する装置だった。

 川緑は続けて 「弊社には その実験に対応できる装置はありません。 共同研究を進めるには この実験に使える装置があるのかどうか 調査が必要です。」と述べた。

 川緑の報告が終わると 参加者等により 今後の進め方について議論が行われた。      

 ケイトウ電機社の技術者の1人は 「まず 弊社のUVランプ試作品を用いて 現行のUVカラーインクの露光実験をやっていただけませんか。」と言った。

 彼は UVランプ試作品を点灯させるために必要な研究設備を 東西ペイント社へ持ち込み 実験環境を整備し UVカラーインクの露光実験を優先させることを提案した。   

 その要望は UVランプ試作品のそれぞれについて 現行の各種UVカラーインク組み合わせた露光実験の実施であり それは膨大な作業量となることが予想された。

 川緑は 「ご提案の実験を共同研究に盛り込むことは必要なことだと思います。 でも それは 私の提案した4つの検討の後に行うべきです。」と主張した。

 それは 単に開発品ランプと現行のUVカラーインクを組み合わせた露光実験を行っても 現状では その結果を考察する術がなく その後の開発の方向付けをすることができないからだった。 

 午後7時30分まで会議は続いたが 共同研究の方針について その合意には至らなかった。       

 合意されたのは まず 川緑の考える微小なエリアの硬化性の評価が可能かどうかの調査を行い その後に 共同研究の方針を再検討することだった。

 会議が終わり ケイトウ電機社を出ると 川緑は米村部長に 「この仕事は 私一人では無理です。人を付けてもらえませんか。」と言った。

 部長は 「そうやなあ。」と言った後 口を閉ざしてしまった。

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