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『21世紀の人権擁護 無上の宝珠』を語る

1 はじめに


  『21世紀の人権擁護 無上の宝珠』(芳戒修一(よしかいしゅういち)著 (株)商事法務)は、知り合いから頂いた本なので、すぐ読んだ。本や映画などのDVDそれに音楽CDを頂いたときは、それが礼儀だと思うのでそうしている。そして、口頭で内容の感想を伝えるのだが、そうなると褒める内容を抽出しなければならないので、なかなかしんどい。批判しようと思えば、何でも批判できるし、本なら前書きと後書きと目次だけ見てもできる手軽な作業である。そういうことはコメンテーターや評論家がやればいい。
 一方、褒めるとなると、内容をちゃんと読んで吟味する必要がある。手軽な作業ではない。
 だから、「ぜひ読んでみて欲しい。」とか「ぜひ聞いてほしい。」と言われてしまうと、「何か私の人生を変える要素があるのかもしれない。」と思い、決断してその本なりCDなりを頂くことにする。

2 ハンセン病問題

 この本の当時、著者は法務省人権擁護局長をされていたので、この本に書かれている内容は、個人的な思い込みとか証拠の裏付けのない感想や印象などはないと思われる。かといって、いわゆる政府公式見解といってものでもなく、著者のお人柄やお考えが反映されていると感じられた。
 本書には、いろいろな人権問題について書かれているが、その中でもハンセン病問題を取り上げたい。
 ハンセン病について、私には次の三つのことが記憶に残っている。

(1) 映画『砂の器』

 『砂の器』は故松本清張の小説であり、後に映画化されている。一般に、映画は原作を超えられないように思うが、私個人の感想としては映画の方が優れていると思う。ネタバレしないように内容に触れると、このミステリの背景には「ハンセン病(かつては「らい病」と呼ばれた。)は遺伝する。」という俗信が蔓延(はびこ)った社会状況がある。
 その俗信のため、人々は、家族にハンセン病患者が出ると、そのことをひた隠しに隠したという。この「ハンセン病は遺伝する。」と信じていた人たちもこの映画を観たのだろうが、「その人たちはこの犯人を責めることができるのか。」と思う。(なお、テレビドラマ化もされているが、最近のドラマでは、ハンセン病のことには触れていない。デリケートな問題として回避したようだ。)
 ハンセン病に感染すると、体温の低い部分、つまり服に包まれていないいない手や顔などに後遺症が残ることがある。その後遺症は病変したような外観を呈するので、「そこに触れると感染するのではないか?」というイメージを持つ人が多かったと思う。そのイメージを一新したのが、小泉純一郎総理(当時)だったと思う。平成13年にハンセン病訴訟国敗訴の地裁判決について政治決断で控訴を断念した際に原告団と会談し、そのうちのおひと方を抱擁したシーンをニュースで見た。この印象的なシーンで、国民の中に蔓延していた「ハンセン病の後遺症部分に触れると感染するかもしれない。」という医学的知見なき俗信を払拭したと思う。
 小泉元首相には、褒める人もそうでない人もいると思うが、私はこの一事だけでも、小泉元首相を支持する(勿論、拉致被害者を日本に連れ帰ったことでも支持している。)。

(2) プロミン

 私は感情的なことは好きではないので、いろいろな被害については客観的事実を調べ確認するようにしている。この「確認」というのは、多くの場合科学的知見を要するので、その道のりは険しい。
 ハンセン病についても、アメリカでプロミンという薬剤にはじまる治療法の発達により確実に直る病になった。
 私の記憶では、太平洋戦争中にアメリカで、ハンセン病にも罹患している結核患者に結核用の抗生物質を投与したところ、結核と共にハンセン病も回復した。そこで調べてみると、結核菌とハンセン病の原因となる「らい菌」とは構造が似ているのでその抗生物質が両方の菌に対して効果を発揮したのだろうと判断された。そこからハンセン病用に作られたのが商品名プロミン(グルコスルホンナトリウム)である。当時、日本はアメリカと戦争中であったため、この医学情報もプロミンの存在も知らなかったであろう。しかし、敗戦後はアメリカの文化や科学技術が大量に日本に入ってきたのであるから、日本もプロミンの存在やハンセン病の医学的知見を輸入しただろうと思う。何しろアメリカは、終戦当時最先端技術であった半導体についても日本に教えてくれたのである。同じ連合国でもソ連に占領されていたら、こうはいかなかったろうと思う。
 現在も、放射線やある種の薬剤等について科学的知見を示さずに語る者がいるが、私はそういう連中の言うことまったく信用しない。ハンセン病のような、俗信を根拠に他人の人権を侵害したくないのである。

(3) 『DR.HOUSE』

 アメリカのテレビ医療ドラマ『Dr.House』のある回で、患者が「自分はハンセン病ではいか?」と医師に詰め寄るシーンがあった。上記の通り、「医学的知見なしに俗信をさも真実のように語る連中が多いのが社会の実態だ。」と思っていた私は、固唾をのんで次の医師の話すことを待った。「このドラマの脚本家はどう答えさせるのか。」ということに緊張した。面白いドラマだったから、ここでがっかりしたくなかったのである。もし非科学的なことを言おうものなら、持っているこのドラマのDVD全てを捨ててやると思った。私は、非科学的なものを自宅内に置きたくないのである。
 すると、その医師は「ハンセン病は感染しにくいんです。」とその患者に答えた。
 この医師役の俳優の発言は正しい。ハンセン病に罹患した可能性はゼロとは言えないが、検査すべき疾病リストの上位に置くのはこの場合合理的ではない。また、ここでハンセン病についての迷信を払拭すべく長々と説明するのは、ドラマが台なしになりかねない。ほどよいいい演出だったと思う。

3 総括

 固い本だと思って読みはじめたが、やさしい文体であったのと丁寧に書かれていたので読むのに時間はかからなかった。
 総括的にいうと、この本のp293に「一年生の担任はナ。早熟で早くから小賢しい児童とボーとしているがだんだん実力を出してくる型の児童を見極めきらないかんよ。」というI校長の言葉が引用されている。
 近代テニスの父と言われるヴィヨン・ボルグも、「秋咲く花に、春に咲けといってもそれは無理だ。」と選手育成にはその選手の個性を見極めることが重要だと語っていた。
 後年、天才と言われた映画監督黒澤明も、小学校低学年のころは「知恵が遅れていたのは事実である。」と書いていた。後年、他を圧する才能を発揮するようになるとは、多くの人は思わなかっただろう。

 この本をくれた人に、この本の感想を述べてみたが、手応えのない反応だった。恐らくその人は、この本を読んでいない。

以上
 

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