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「遼(りょう)」と「契丹(きったん)(女親族(じょしんぞく))」 (777文字)

 世界史の東アジア史の部分で、唐から元に至るところには苦手意識があります。いろんな国がでてきて相互関係が簡単に整理できないのと、漢字が難しくて難儀します。中世ヨーロッパ史では、似たような人名に苦労しますが、それらは少なくてもカタカナなのでまだ読むことや書くことに苦労はありません。

 ところで、東アジア史ですが、同じ国を「遼(りょう)」と表記したり「契丹(きったん)」と表記したりしますが、これは国号の揺れで、自らを中華王朝とみなすとしたときは「遼」とし、別の支配者が自らを北方遊牧民の王朝とみなしたときは「契丹」としたようです。地図上の表記では「遼(契丹)」とされていたり、本文で「遼」と「契丹」と書き分けられているのはそのような経緯があったからなんですね。この国号の揺れは何度かあったようです。

 ところでその遼ですが、10世紀初めに「渤海(ぼっかい)」を滅ぼします。渤海って、元々は遼東半島と山東半島の内側にある海域のことなんですが、ここでは国号のことです。
 この渤海(国)のあったあたりに女真(じょしん)ツングース系民族がいました。「女真(じょしん)」というのは女真語の民族名「ジュシェン」の漢字当て字だそうです。(決してアマゾネスみたいな民族ではありません。遊牧民ですから戦いではかなり強いです。)
 その女真には、遼の支配下には入った「熟女真(じゅくじょしん)」と、遼に服属しない「生女真(せいじょしん)」がいました。
 生女真(せいじょしん)は、後に遼と戦い、国号を「金」としました。そして、熟女真(じゅくじょしん)も統合します。

 「金」は結構強かったのですが、モンゴルの方がもっと強くて13世紀に滅ぼされました。

 世界史って、細かな知識を蓄積しないと全体の理解が進まないので、勉強するのにコツが要ります。

#女真 #熟女真 #生女真 #遼 #契丹

 

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