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笑う君へ 第五話 「誓約」

スペイン 6時

すっきりと目が覚め、宿舎の庭を散歩しているとコーチが血相を変え飛んできた



コ:ちょっと来い


嫌な予感がしながらも、後に続きコーチ部屋に入る

そこには大人たちが集まっていた

見せられたのはSNSのある投稿


「大野○○に性的な嫌がらせをうけた」

という内容で指紋付きのシャツもあると書かれている


その場に崩れ落ち、空っぽの腹から胃液だけが逆流してくる

そして、意識のブレーカーが落ちた


〜〜〜〜〜

日本 16時

家に帰りインターネットで彼の最新情報を検索する

すると、出てきたのは彼に関する悪口ばかり

ネットメディアは彼をバスケができるから調子に乗った中学生と決めつけていた

元は彼に性的な嫌がらせをされたという一件の投稿

階段を駆け下り夕刊を確認する

新聞ではそこまで悪く書かれていなかったが、疑いの記述はあった

〜〜〜〜〜

スペイン 8時

食堂に一同が介し朝食をとる

いつもと同じ風景ながら異様な空気感がただよう

そろそろ全員が食べ終わったかというころ、僕は部屋に入っる

昨日よりもさらに疲れ、壊れてしまったかのように感じさせる雰囲気を纏い

○:ごめんなさい


謝罪から始める

SNSの内容は嘘だと主張は曲げない

今後代表には戻れないと思うし、戻らないと決めたこと

そして、飛行機を降りたら一切自分には関わるなということ

全て一方方向で伝えられ、付いて行けない人がほとんど

泣きながら抜け殻になったような体で謝罪と感謝を述べた

ヘッドコーチから全体に話があり各々が部屋に戻る

〜〜〜〜〜

日本 17時

夕方のニュースが始まる

多くは彼の光と影を報道し、影を強調するばかりだった

不確定の罪をいたずらにあおるマスコミに私は憤りをあらわにする

パフォーマンスにはドーピング疑惑もかけられた

SNSでの彼への悪口は増すばかりであった

初めて会ったとき、泣いた目を見て私の心配をしてくれるような彼が

そんなことをするはずがないのに

〜〜〜〜〜

スペイン 10時

全員が飛行機に乗り込み20時間弱のフライトが始まる

昨日の興奮冷めやらぬ楽し気なフライトとは行かない僕

コーチたちは眠れてないことはもちろん知っており、その理由も話していた

ある程度信じてくれているだろうか、それとも、信じていないのだろうか

そんなことを思いながら考えなければいけない、到着時に挨拶

挨拶というにはあまりに重い内容が、表立って主張できる機会でもある

理屈と感情を融合させ一人でも多くの人が信じくれることを祈って

考えながら溢れるのは涙

倒れてしまった以上、今後の代表活動に参加することはできない

これだけネットが荒れてしまっては人探しなどできない

人生の楽しみも、日々の希望も打ち砕かれ、何故生きていくのかすらもうわからない

20時間、動くことも眠ることも許されぬ状況が、わずかに灯された心の火を消した

〜〜〜〜〜

日本 翌日15時

もう一晩が経過し、ネット上でも世間も彼一色だった

彼の学校はそういった報告は受けているが、

事実関係は確認中、となんともとれる回答しかなかったことも彼に災いした

そして間もなく日本に到着し、会見が開かれるという

私は塾を休みテレビにかじりついてた

映し出される彼はチームメイトから一人離れ、最後尾を歩いていた

その姿はバスケの世界大会で最も優秀だった選手とは思えないほどやつれていた

席に座るや否や眩いほどの光を浴び浮かぶのは充血した目、濃いクマ、こけた頬

ふらふらと立ち上がり、文書を読み始める


皆様

大野○○です。

私の口から申し上げたいことが1つ、それに伴う報告とお願いが複数あります。

まず申し上げたいのはSNS上の性的嫌がらせは正しくない情報であるということです。

胸に触れたことは事実ですが、順序が違います。

私が呼び出され、告白を断ったところ、手をとられ胸に押し付けられました。

この主張を裏付ける事実はありませんが、指紋付きのシャツはどちらとも否定できないでしょう。

もし、SNS上の主張が正しいなら、私が眠れない夜を1ケ月以上過ごし、体重が5kg以上落ち、体調不良になるのはなぜでしょうか?

罪の意識だとするなら、謝罪すればそんな経験はしないはずなのに、なぜ謝罪をしないのでしょうか?

謝りなさいと何度先生に言われたと思っているんでしょうか?

なぜそれでも謝らないのでしょうか?

確かに女性が男性に手をだされたと主張すれば、女性が被害者だと思うでしょうが、それ以外の可能性も少し考えていただきたい。

今後も虚偽の申し立てに謝る気は一切ありません。

続いて、報告です。

以前述べた人探しは中止します。

また、先の議論がどのような結果になるにしろ、今後バスケ日本代表には関わりません。

最後にお願いです。

私は特定の誰かを訴える予定はありません。

その方を特定するような行動は全て控えていただきますようお願いいたします。

また、SNS問わず、いじめなどを行わないよう、すべての人にお願いいたします。

特定の個人が不特定多数から攻撃されることは私で最後にしてほしいです。

皆さんが思うより眠れない夜は長くつらいですから。

以上となります。



静かにな主張を終え、深く一礼する彼と水を打ったような会場

彼が顔を上げると額に浮き出る大粒の汗

呼吸が荒くなり、膝の力が抜けたように椅子に落ちる

机上のペットボトルを掴もうにも距離感が分からず空振る

蓋を開けるのに苦労し、開けると同時に水を押し出してしまう

驚きで体勢を崩し、踏ん張る足は濡れた床で転倒を助長する

鈍い音とともに視界から彼が消え、突如慌ただしくなる

机にかかった布が彼を隠している中、中継が途切れる

テレビの前で私は動けないでいた

心配と徐々にこみ上げるもう会えない悲しみと

見かねた母がそっと抱きしめてくれた


〜〜〜〜〜

会見と衝撃の15秒を境に世間の声は180度変化した

元凶となった女の子は謝罪をし、誹謗中傷をした人の謝罪がSNSで飛び交う

彼の学校も不誠実な対応を公的に謝罪し、メディアも手のひら返し

かけられていた疑いは全て各方面から否定された

どの学校ではいじめへの対策が強化され、私も何人からも謝られた

代表復帰への署名活動も行われたが、協会を通じ、意向を変える予定はないとのこと

週刊誌の報道では留学に出たらしく、コンタクトを取る方法すらなくなった

そして私はひそかに心に決めた

今度は私が彼を探す番だと

けどこれは誰にも言えない秘密、アイドルの私は隠さなくてはいけないから

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