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ノスタルジック京都:観光バスのガイドをする

大学時代にはいくつかアルバイトをしましたが、いちばん力を入れたのが観光バスのガイドです。観光客の多い京都なので観光バスは盛況です。ガイドも不足していたのでアルバイト学生がたくさん雇われていました。

ちょうどその頃テレビでバスガイドを主人公にしたドラマ『なんたって18歳』が放映され人気を博していました。主演は岡崎友紀ですが、ブレークする前の松阪慶子もドジなガイド役として出演していました。今思うと私の体験はこのドラマと似たようなことが多かったように思います。

私が担当したのは京都駅前を発着する定期観光バスです。2社が運行していました。コースは様々ありましたが、アルバイトの大学生が従事するのは「市内半日コース」と「市内早回りコース」の2種類。前者は東本願寺ー金閣寺ー知恩院ー清水寺ー三十三間堂を巡る4時間半のコース、後者は金閣寺ー平安神宮ー清水寺ー三十三間堂巡る3時間半のコースでした。

勤務する前に研修がありました。まず京都の基礎知識を習得します。地理や歴史、神社仏閣の縁起やエピソードなど講義を通して学びました。乗客から質問されても最低限答えられるよう幅広い知識を得ましたが、自分が住んでいる町なのに知らないことが多いと改めて気づきました。さらにガイドのマナーも学びました。は乗客への接し方や言葉遣い、緊急時の対応、バスの基礎知識と乗車前の点検についても学びました。

講義と並行してガイド用のテキストを1冊覚えます。テキストは50ページほどで、乗車時の挨拶に始まり、車中での説明、観光スポットでの説明文がセリフとして書かれています。私は暗記が得意だったのですぐに覚えられました。暗記すると1万円(当時としては破格のバイト料!)もらえました。

研修を担当する講師はベテランの女性ガイドです。『なんたって18歳』で春川ますみが演じていた主任にそっくりな女性でした。彼女は私がバスに試乗するまで面倒を見てくれました。研修が終わると講師同伴で実際に乗車します。初日は「試乗」ということで乗客にもその旨が伝えられます。初めてなのですごく緊張しました。覚えたセリフを言うのが精一杯でした。

試乗のときの恥ずかしい思い出がひとつあります。乗車するバスは毎日違うため、ガイドは乗車前にバスの号車を確認します。最初にそれを乗客に伝え、間違いなく同じバスに戻るよう注意を促すのですが、その日は私自身が確認するのを忘れていました。研修のときは「バラの3号車」で練習していましたが、当日は違うバスです。マイクで思わず「バラの3号車」と言いかけて私はハッとしました。そのとき初めて確認し忘れていたことに気づいたのです。私があせっているのを見て講師が小声で「後ほどお伝えしますと言いなさい」とアドバイスしてくれました。乗客の中には私の失敗に気づいていた人もいると思います。

一人で乗務し始めてからも失敗はいくつかありました。忘れられない失敗は乗客二人を清水寺に置いてきてしまったことです。両親と小学生の子ども2人の家族で参加していた人たちです。最終訪問地の清水寺を出発する時、子どもたちだけ先にバスに戻り、親は買い物をして集合時間に間に合わなかったのです。出発の際に私は人数を確認したつもりでしたがどうやら確認が不十分だったようです。結果的に親だけ清水寺に残して京都駅にもどってしまいましいた。バスの中で子どもたちは何も言いませんでしたし、私自身も京都駅に戻るまで気がつきませんでした。京都駅で清水寺の係員から電話があったと聞いたときに初めてそのことを知りました。

両親は集合時刻に20分遅れてバスに戻ったそうで、別のバスで京都駅まで戻りました。私はお咎めを覚悟していたのですが、対応はすべてバス会社の担当者がやってくれました。私は家族に謝罪することもありませんでした。両親が集合時刻に20分遅れたこと、他の乗客を20分待たせることはできないこと(乗客のその後の予定にも影響します)からバスを出発させたことに問題はないとされました。強いて言えば子どもたちは現地に残しておくべきだったでしょう。いずれにしても私の人数確認が不十分だったことを反省しました。今は私のようなガイドさんはいないと思いますが、集合時刻にはくれぐれも遅れないようお気を付けください。

バス業務では運転手さんとの付き合いも楽しかったです。私から見れば父親世代の男性が多く、娘のように面倒を見てもらいました。道路が渋滞して見学地をスケジュール通りに廻れないことがありますが、その際に時間調整のアドバイスをもらうこともありました。「早回りコース」に乗車していたときのことです。最終見学地の三十三間堂に着くのが大幅に遅れてしまいました。運転手さんに相談すると「見学時間を短くしたらええやん」と言われました。本来は30分ですが彼は15分にしたらいいと言います。半分にするのは躊躇しましたが帰着時間を守るためには仕方ありません。乗客にその旨伝えて急いで見学してもらいましたが、三十三間堂をわずか15分で見学するというのは無謀だということは私でもわかります。幸い乗客からは文句が出ず協力してくれましたが私は申し訳ない気持ちでいっぱいでした。見学し終わってバスに戻ってきた男性が「フーッ!15分なのですごく忙しかった」と言うと運転手さんは「すんまへんなあ。『早回りコース』やさかい。今度またゆっくり来とおくれやす」と答えました。彼のそんな対応に私は妙に納得し、その後「早回りでございますから」というセリフをたびたび使うようになりました。便利な言葉です。

ガイドは最後に「祇園小唄」を歌って乗客と別れます。その後流行り出したカラオケが好きになったのもこの仕事のお陰かもしれません。バスガイドは学ぶことの多いアルバイトでした。



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