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エアメールで返却された課題レポート

大学時代に指導を受けたK先生は学生が「鬼教授」と呼ぶ厳しい先生でした。文学がご専門で特に17世紀~18世紀の英文学を研究されていました。

指導が厳しいといううわさから多くの学生が先生の研究室を敬遠するなか、私はあえて先生のゼミを選びました。英文科の学生として大学に入った以上、厳しい指導を受けながら英文学に向き合いたいと思ったからです。

うわさ通り指導は厳しかったです。外見はダンディーで穏やかなお人柄ですが、ゼミでは難しい質問が次々に飛んできて、厳しい指摘がなされます。実証的分析を徹底して行うこと、資料はかならず原典にあたることをいやというほど叩き込まれました。レポートも何本も課されました。ペーパーバックの書籍を読んでレポートを書いたとき「ペーパーバックではなく、ハードカバーの書籍を読みなさい」と言われました。当時の私はどちらも変わりないと思っていたのですが、先生は文学を研究する者の姿勢を私に伝えてくださったように思いました。

指導は厳しかったですが、温厚で面倒見の良い先生はゼミ生から慕われていました。「厳しいけれど温かい」というのがゼミ生の一致した声でした。敬虔なクリスチャンでもある先生はキリスト教の話もよく聞かせてくださいました。夜遅くまで研究室で勉強されており、相談に行くといつも温かく迎えてくださり、親身に相談に乗ってくださいました。毎年ゼミ生全員をお宅に招いて奥様の手料理でもてなしてもくださいました。

K先生は私たちの学年が卒業すると同時に在外研究のためアメリカのハーバード大学に行かれました。それから3か月たった6月のある日、私のもとに一通の航空便が届きました。アメリカのK先生からでした。中に入っていたのは先生の手紙と4年次に私が提出した数本の課題レポートでした。手紙にはアメリカでの生活の様子とともに、卒業前に返却すべきであったレポートをアメリカから送ることになって申し訳ないと書いてありました。

稚拙な英語で書かれた私のレポートそれぞれにスペリングや時制のミスなどの訂正が赤で記され、丁寧なコメントも添えられていました。卒業してレポートのことなどすっかり忘れていた私には先生の律義さに驚くとともに、ご自身の研究でお忙しいなか学生のレポートを添削して航空便で送ってくださった先生に頭が下がる思いでした。

大学の先生でレポートにあれほど丁寧な対応をしてくださった方は後にも先にもK先生のほかにはいません。多くの先生方はどう処理されているのでしょうか。

高齢になられた先生は今は高齢者施設で過ごされていると聞いています。今も先生には感謝の気持ちでいっぱいです。


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忘れられない先生

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