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半分こに挑み続ける男の話

暑すぎて固形物への欲求が減衰している今日この頃。小学生の頃、夏になればアイスを阿呆のように欲していたのに、今は噛むのさえ面倒くさいと思ってしまう。
アイスで思い出した。去年、アイスカテゴリーでひとつ、人生の思い出が増えたんだった。


「ねぇ、ねぇ、アイス半分こしない?」

リビングに続く作業部屋の、その作業机で勉強をしている私の真横で、いつのまにかこちらにやってきていたカナイが言う。21時以降は白湯以外口にしない私に、私より遅れて夕食を済ませたカナイが、少し申し訳なさそうに、そしてほんの少しぶりっこしながら呟いた。カナイはデザートの習慣を持つ。夕食後は必ず何かしらのデザートを口にする。私にとってデザートは、外食でたまに食すくらいの特別な位置付けであったから、最初は戸惑った。が、3年も過ごせばもう慣れる。

時刻は21時33分。私の食に対する欲求は、33分前に営業を終えている。でも、私の左上にあるカナイの顔は、半分このアイスを食べなければ次に進めないという顔をしている。3年も過ごせば分かる。それにほんの少し、甘い刺激と気分転換の機会を欲している自分に気が付いたなら、返事はそう。

「Yes」

”優しいな私、良いパートナーだな、私”
ザビエルのようなポーズで、去り行くカナイの背中を仰ぎながら、過剰な喜劇のヒロインごっこで背徳感に背を向ける。カナイはと言えば、先ほどまでの慎ましやかな態度は3割減。口数の少ないその口からやったぜと言わんばかりの気迫を3割添えて、冷凍庫へ向かっている。どっちもどっち。まともな大人のいない空間。

ところで、一体なんのアイスを半分こするのだろう?冷凍庫に入っているであろうアイスの種類を把握していなかった私は、ザビエルポーズを終えて、冷静に想像する。半分こするというのだから、日本で唯一、我らが群馬県に製造工場のある、某有名カップアイスかなと、なんとなく判断する。カップアイスは、誰かと半分こしたくなるものだ。

でもそうなると、カナイが先にカップの半分を食べた後にこちらに持ってくるという流れになる。餌を前にして待てと言われるワンコの気分になりたくないので、アイスのことは一旦完全に忘れて、勉強に戻ろう。ペンを持ち、活字と図解が広がる世界に焦点を合わせようとしたその時。

「カチャッ。」

目の前に何かが置かれた。想像よりかなり早い、何かの登場。

「はい、どうぞ。」

嬉しそうに、どこか誇らしげに、そのウェイターは言った。まだ目のピントが合わない。カチャッてなんだ。スプーンと紙カップの組み合わせでは、そんな音は鳴らないぞ。暗くも明るくもないのに順応しない目。ボヤけた世界で困惑することおそらく0.何秒。お....見えた。










LAWSON 〝ダークカフェモカワッフルコーン”


「 ワーオ。 」

予想外も予想外。英語でも平仮名でもない、綺麗なカタカナでワーオが飛び出す。アイスが思ったのと違う。これは、コーンだ。半分こしたく...ならないやつだ。それに、縦に両断されている。見たことない。落ち着いて横になっているコーンアイス、見たことない。君たちは、LAWSONのカゴの中でコロコロ〜っと転がることを宿命として、もはやそれを誇りに思って、そのフォルムで居続けているのだろう?驚きを超えて申し訳なささえ込み上げてきた。こんな気持ちでアイスと向き合ったのは初めてだ。でも早く食べなければ。カチッカチッ。スプーンがコーンを捉えるたびに鳴り響く。

甘味と気分転換の機会を享受した私は、落ち着きを取り戻した。そしてカナイのこの行動に感嘆していた。冷静に考えて、その発想と実行力、包丁の捌きに感動していた。アイスって、切れるんだ。

何かの才能なんじゃないか?珍しく誰かを褒める私を、カナイはニコニコ笑って聞くだけ。少ない口数では明かさないが、おそらくこれは、彼なりの挑戦なのだと思う。何気ない日常に刺激を投下するためのエンターテイメント。彼と私の、暮らしの彩り。


この日を境に、カナイの半分こ力はメキメキと向上している。かく言う私も、その技術力を買って、これまで諦めていた半分こを必要とするシーンにカナイを召喚しては、その実務経験値向上に寄与している。”半分こ”という行為で暮らしの彩りを模索するカナイの挑戦を、私はその都度ドン引きし、感嘆し、支え続けるだろう。

麻裕
Fin.

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