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2023年上半期ベストアルバム

前段

2023年上半期もあっという間に過ぎ去ってしまった。ただ今年は夏頃にフジロックやらサマーソニックやら楽しい予定が待っているので時の流れがいじらしいような何というか。

2023年上半期を振り返ると中学生の時から聞き続けていたArctic Monkeysの公演に参加できたことが記憶の中で大きな割合を占めている。新作「THE CAR」を引っ提げたツアーだったとはいえアールタイムベストのようなセットリストで、「Brianstorm」「I Bet You Look Good on the Dancefloor」といった名曲から最新作の曲まで満遍なく披露していた。東京ガーデンシアターのライブでは広い会場のステージに立つアレックスターナーが"最後のロックスター"みたいな哀愁を醸し出していて、天井に吊された大きなミラーボールやサイドビジョンのアナログな加工の施された映像と相まって時代を超えた伝説を目の当たりにしている感覚だった。「映画的な」と評された最新作のムードが腑に落ちた。2日目のZepp Divercitydeの公演はバンドの肉体性が肌を焦がすように伝わってきて、この規模のバンドをモッシュに揉まれながら見れる機会ってないよな…と時々客観視しながら見ていました。

他にもUSインディーオルタナの宗主・pavement、ポストロックの草分け的存在・June Of 44、シューゲイズの親玉・RIDE、現行ロックシーンの王者・THE 1975……と毎月のように人生ベスト級の海外アーティストの公演に参加してしまった。とはいえkhakiとか日本のインディーシーンのライブを見ても3日くらい引きずったりはするのでビッグネーム云々よりも良いライブをたくさん見れて楽しかったな、という次第です。

ことリスナーとしては「シューゲイズ定点観測」と題して毎月新しいシューゲイズの作品をめちゃくちゃ聴こうぜ、という個人的な目標を立てた。ただRIDEの公演を見て以来これを超えるものはないな…とも思ってしまった。企画については保留で。

↑こういった企画にも参加していて、毎週3枚ずつ音楽史に残る作品を聴きレビューするというものです。めちゃくちゃ楽しい。90年以前の日本のアーティストってYMO周り、ユーミンくらいし知らなかったので新鮮に聞けている。参加している方の中でも話題にあがりますが「ミュージックマガジン史観!!!!」に支配されまくっているランキングを元にしているのである程度の偏りはあるんだけど、音楽的語彙を増やすという意味でためになるな〜と毎回思っています。

あと、映画をめちゃくちゃ見ている。「TAR/ター」「whale」「aftersun」といった新作も勿論だけど「ゴッドファーザー」「LEON」「羊たちの沈黙」「ミッションインポッシブル」みたいなド定番を見ている。名作、は名作なんだなと思わされている。Filmarksで感想を書くなどしているので良かったら。個人的なヒットは「City of God」でした。しのぎを削る抗争モノがブラジルのスラムで行われていて、少年たちが訳もわからずその波に巻き込まれる。無情さと「神の街」っていうタイトルが不思議とマッチしている。

と振り返ると「新譜を聴き漁る」という行為からは逸れて、音楽に限らず自分の趣味嗜好を改めて探る期間だったのかもしれません。何より就活という一大イベントも並行して行っていたので「自分と向き合う(いわゆる"自己分析"みたいな話とはちょっと違う意味で)」ことが必要な期間でした。導入が長くなりましたが、そんな上半期によく聞いた新作についてアルバム10枚+EP1枚+その他数枚で振り返ります。大体発売日順です。


*アルバム 10枚

①5kai「行」
1月7日、5kaiのライブを見た。前から話は聞いていたがナンバーガールで云う所の「6本のFUSIGIな共振連合 振れあう貴様と俺らの衝動 6本狂ったハガネの振動」を地でいくようなギターのサウンド。キレが良いじゃ足りない、磨かれ使い尽くされ鋭さを極限まで重ねた日本刀のようなギターの音に鼓膜を裂かれる。同時に2つセッティングされたドラムがそのギターの間合いを詰め、埋め、バンドの軸としてではなくやはり切れ味を増幅させる方向で蠢く。事件であった。その足で聞いた音源は少し印象に違いがあった。tortoise「TNT」を思い返すような、楽器の演奏が素材として配置される空間芸術。喉で叫ぶような歌唱を軸にあらゆる楽器が「打点」としてレコードに記録されているイメージ。例えば「行」のドラムのフィルインはDAWの画面でポチポチ音を入力したような突発さがあり、「人力IDM」とも形容できそう。ライブとは違う方向性でポストロックとタグを付けられる音楽を刷新するような作品である。


②Meg Baird「Furling」
アメリカのバンドESPERSのボーカルとしても活動しているMeg Bairdのソロ作品。bandcampのおすすめで聞き、1曲目「Ashes、Ashes」の冒頭のドラムのスネアの音、少しこもったルーミーで音とは空気の揺れであると思い返してくれる音、に安心感を覚えた。広い意味でのUSインディー、ジム・オルークレコーディングの音を思い出す。そこから挿入されるメロウなピアノの音とあの世をゆったり歩くようなコーラスが混ざり合って艶やかさとメランコリーが同時に訪れる。以降の曲ではNick Drake、あるいは普遍的なアシッドフォークにも通ずる歌心をこれでもかと発揮する。すなわち、悦。悦である。


③Slowthai「UGLY」
 まず、彼についての現状を調べた所、6月中旬に行われた裁判で無罪を主張した上で釈放された形らしい。釈放といっても刑が確定した訳ではなく、居場所を常に弁護士に通達しながら生活することを許されている状態で、来年の7月の裁判に備えるという。その上で私がこの作品からぶん殴られるような衝撃を受けたことは事実で、それを記録に残したいので書く。
 「UGLY」はゴリラズやThe StreetsのようなUKサウンドの流れに位置しているように聞こえた。ロック的な拡大していく「歪む」テクスチャーを備えたミクスチャーサウンドで、ビースティーボーイズなどを好んで聞いていた私には非常に馴染み深いそれであった。さらに呼吸音や金切声など「声にならない」「リリックにならない」要素が多く取り入れられていて、意味性を超えた"膨張の美学"のような物を感じ取った。
 「Feel Good」は作品内最高のアンセムで、「I Feel So Good」と自己暗示を重ねるようなリリックが繰り返されるその内省加減と楽曲の開けたテンション感の塩梅が好みだし、随所で鳴るデーモンアルバーンがやりそうな玩具みたいなシンセも遊び心が詰まっている。
 ライブが楽しみ、と言えるまでの心情には達していないが作品としてはディスコグラフィー随一の強度を持っているのではないか。

 

④deathcrash「Less」
Lessとは「以下」とか「より少ない」の意味で、主に形容詞や副詞で使われる英単語です。削ぎ、隙間や空間を作り、総量を減らす。一つの音に意味が生まれていく。そんなイメージで付けられたタイトルなのだろうか。前作に比べて楽器陣の出す音が単純な音数の面からも削られていて、結果的に作品において歌の占める割合が増加している。それは楽器が後退した、と云う意味ではなく例えばmaj7のような緊張感と寂しさを与えるコード一発やドラムの打音一発により深く没入できる構成、ということでもある。緊張と緩和のコントロールにここまで長けた同時代のバンドをあまり知らない。「Duffy's」においてギターが鳴きのメロディーを重ねていく辺りで涙が出そうになる。そしてそれがくどくなくスッと終わるバランスも完璧。


⑤M83「Fantasy」
未だにこの作品の全容を掴めた気にならない。耳で作品の情報をいくら追ってもアルバムに内包される超然的な音に吸い込まれて、あるいは作品がもたらす高揚感に包まれて気付いたら再生時間が終わっている。これは魔法だろうか。これまでも「光のシューゲイザー」という言葉で説明されていたM83だが、その先で「光」や「宇宙」や「海」や「大陸」みたいな人智を超えたサウンドを作り上げてしまった。例えばシガーロスもこういった非常に広く、シンフォニックに音を重ねるが、彼らの曲には「嘆き」や「沈痛」のような人間的なイメージも同時に受け取れる。しかしM83は2曲目「Oceans Niagara」のようなシンセポップっぽいアプローチを行うことで感情を昇華させ、やはりリスナーを純然たる音世界へ導く。ガンダムZのラストでカミーユがコックピットから見た景色ってこういう感じだったのかしら。


⑥Cruyff「lovefullstudentnerdthings」
自己愛に塗れたナード学生の全て、みたいなタイトルなのだろ。"クワイフ"はニトロデイのギタリストが参加しているバンド、という形ではなく所属しているサークル出身のバンド、として知った。面識があるわけではないけれど「クワイフ」という名前だけ認識していて、それが「Cruyff」と書くとは思っていなかった。真っ青な炎、だと思う。「失われた30年間」みたいな言葉の最中に生まれて、「終わっている」という烙印が押された時代で、物質的な過剰さの持つ空虚さに苛まれた先でも鳴らさずにいられない焦りややるせなさがこのギターの音に反映されている。どうしようもない生(せい)と生(なま)の香りがパッケージされている。最後に収録された渋谷の喧騒も含め2020年から数年間の風景を思い出す時にこのアルバムが同時に浮かぶと思う。


⑦The National「First Two Pages of Frankenstein」
USインディー/オルナタフォークの重鎮・The Nationalの新作。このアルバムを製作する前にボーカルのマット・バーニンガーは音楽製作に向き合えない精神状態だったという。コロナウイルスの影響はナショナルのようなライブを中心に活動するアーティストにとっては致命傷だった。そんな沈痛さは隠れずにアルバムに反映されている。徹底して落ち着いたトーンの楽曲はボーカルの詞を読み上げるような「語り」の強いグッドメロディーをより印象付け、またギタリスト2人によるアンビエント感覚を備えたギタープレイを際立たせる。確かにアンセムといえる祝祭感に溢れた楽曲は収録されていないのだが、丁寧な録音で演奏者の機微を深くレコードに刻み付ける行為はそれだけで価値があるように思える。というかそんなアルバムを象徴するような「Eucalyptus」なんかはライブで合唱が起こってアンセムになると思う。Sujan Stevens、Phoebe Bridgers、Taylor Swiftの客演も嬉しい。


⑧空間現代「Tracks」
京都を中心に活動するバンド・空間現代が佐々木敦が主宰するレーベル・HEADZからリリースした新作。禁欲的に、まるで修行のように徹底してストイックに楽器の擦り合わせが行われている。というか彼らの本拠地であるスタジオ「外」は精神と時の部屋なんじゃないか。日夜ひたすらに楽器を携え研鑽を重ねているのだろう。ギターとベースとドラムのみで生み出された反復するビート、その中で少しずつ形を変えていく人間の肉体性がもたらす揺れ、その揺れ同士が繊細かつダイナミックに異様なバランスを保ちながら歯車が重なっていく様。「人力IDM」とでも形容したくなる音楽。M4「Fever was Good」においてギターのアルペジオの反復からギターの切り裂く音へ移行する構成なんかはプログレとは逆の方向に進化したBlack Midiの1stアルバム、みたいな味わいさえある。ライブではミスタッチさえ推進力に変えており、ダイナミックなバンド感をより強く醸し出していた。麓健一の客演で初めて声が会場に鳴った、というストイックさ。


⑨OZmatic×Fennesz「Senzatempo」
日本でも坂本龍一とのコラボで知られるオーストラリアのギタリスト・Fennezとマルチ奏者・OZmaticによる8年ぶりの新作。Fennesの「Venice」という作品がマジで好きで、何重にも重ねられたギターのノイズがでっかい海を連想させるのだけど、本作はその延長線上に位置するのでは。言ってしまえばマイブラのニューウェーブっぽさを廃してアンビエントな側面を押し広めたようなギターが空間を埋め、グリッチや電子音が波面に映る星や月の光のように散らばる。どんな歌詞よりもロマンチックな音の集合であり、2023年のシューゲイズ/エレクトロニカ/アンビエントといったタグが付くような作品の中でも特に気に入って聞いていた。


⑩Andy Stack & Jay Hammond「Inter Personal」
まずいつもお世話になっているNICE PLAY MUSICというサイトにはめちゃくちゃ感謝する必要があり、オールウェイズ高水準な新作を紹介してくれます。本当にありがとうございます。思い出したのはisotope 217やChicago Underground Duo、tortoise「TNT」といったジャズ由来のセッションミュージックを徹底したポストプロダクションでエレクトロニカの地平に辿り着いたChicago音響派の諸作、Yo La Tengo「Summer Sun」におけるヴェルヴェッツ直系のノイズ〜アナログサウンドの取り入れ方などで、まさに自分の音楽リスナー遍歴に対するご褒美みたいな作品でした。M5「Life on a Ship」の泣きのペンタトニックスケールをなぞっただけのさりげないギターのトーンとか、悔しいほどに自分の琴線を刺激してしまう。


*EP 1枚

①くるり「愛の太陽 EP」
くるりの膨大なディスコグラフィーの中で何を薦めればいいのか私はいつも迷ってしまう。初期3枚ははっぴいえんど直系のフォークロックとして完成度が高いが今のくるりの持つ円熟味はやはり無いし、「TEAM ROCK」「THE WORLD IS MINE」は日本のロック史に刻まれている名作だとは思う反面、挑戦的でジャンルミュージック的な側面が強い。それ以降数作は彼らの活動自体と作品が結びついており、作品単体では評価しきれない部分がある。そして「THE PIRE」で創造性を、「ソングライン」で歌心を上手く着地させ(その間に「上海蟹」をリリースし)10年代に再び最盛期を迎えたとも言える。「天才の愛」???あれは、凄すぎる。
 ただ、老若男女に愛されるポップネスとギターロックの地平に真の意味で辿り着いたのは本EP「愛の太陽」だ。全てタイアップ曲で構成された本作品はインタビューでも述べられている通り、「等身大」という言葉が似合う。音響の面でも理論的な面でも熟成と鍛錬を重ねた圧倒的な地肩の強さのもとでギターコードを素直に並べ、自然なメロディーを載っける。もちろんそれを「自然」に聞かせることにもクリエイティビティが発揮されているのだろうけど。「愛の太陽」から「真夏日」まで、くるりの名アンセムにひたすら連なっていく楽曲が並ぶ。これからくるりの名刺になるような一枚です。J-POPでも邦ロックでもなく、「くるり」なんだよなぁ…という感慨。


*ちょっと話したい数作

①METRO BOOMIN「METRO BOOMIN PRESENTS SPIDER-MAN: ACROSS THE SPIDER-VERSE」
「スパイダーマン・アクロス・ザ・スパイダーバース」の劇伴を担当したMetro Boominによる同作のサウンドトラック。もちろんこの作品単体のいいね!では無く、映画を踏まえてのいいね!ではあるのだけど、トラップから少し距離を取りつつ湿っぽいシンセやメランコリーな歌心が全編を通して展開されていて、アルバムとしても均整が取れている。映画の主人公・モラレスがひとり天井を見つめながら聞くシーンで流れるジェイムスブレイクがfeaturingした「Hummingbird」、ヒロインの台詞も収録された「Self love」などどうしたって映画を思い出してしまう。


②ASIAN KUNG-FU GENERATION「サーフ ブンガク カマクラ 半カートン」
アジカンが7月にリリースする「完全版サーフ ブンガク カマクラ」より新たに制作された6曲を収録したEP??普通に同時に出せばいいのに、と思いつつ聞いたらえらく感動してしまった。今、アジカンってめちゃくちゃ調子が良くて、四人で音を出すだけでアジカンになれる状態なのだろう。だから彼らのルーツであるパワーポップ〜USオルタナっぽいギターロックを作るとその状態の良さがえらく際立つ。Pavementっぽいジャンキーなギターリフがサクッと取り入れられている「石上ヒルズ」「日坂ダウンヒル」を筆頭に、バンドって楽しいんだろうなと思える。カラッとした青春。泣けちゃう。


③Liv.e 「Girl In The Half Pearl」
④Kelela 「Raven」
⑤Arlo Parks「My Soft Machine」
⑥Nourished by Time 「Erotic Probiotic 2」

この4作には共通したフィーリングがある。R&Bと括れるサウンドの中でもクラブミュージック的なクールさ、エレクトロニカ的な透明感、インディーロックに近い爽快感、あるいは深みのある低音ボイス…とそれぞれのストロングポイントに違いはあれど、並べて聞くとコロナ禍を経て内省と解放の間でゆらゆらと踊るような心地よさが頭に残る。気づいたら再生したくなる作品たちでした。


⑦NUMBER GIRL「無常の日」
ナンバーガールの最後のライブには行けなかった。ライブ盤を聞いて「透明少女」の3回目でもうええわ、と思った。あんなに望まれていた復活劇の最後のライブで観客に「もうええわ」と思わせたということは、終わらせるに相応しいライブだったのだろうと想像できる。録音が綺麗すぎるのがなんか寂しい。ナンバーガールをブッ飛ぶほど好きかというとそうではなく、どっぷりハマったということもなくずっと少し距離感を感じていて、2021年にライブ見たときもその認識はそんなに変わらなかったのだけど、ラストライブの音源聴いてやっと握手出来た。めちゃくちゃかっこいいギターロックだ。新譜もナンバーガールなりのスロウコア解釈みたいな瞬間がありかっこいい。そんな瞬間がまた録音物として残っていることが何より嬉しい。


最後に

こう振り返ると、特にアルバム10枚に関しては「肉体性と幽玄さの間」「丁寧な録音と電子音の間」みたいな折衷サウンドに特に惹かれていたんだな、とわかる。スピッツとかアートスクールとかPeople in the boxとかの新作の話は是非膝を突き合わせてあなたと語りたい。また下半期も色々聞けたら嬉しいです。


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