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[日記]わたしたちは回復することができる


なかなかしんどい年明けである。

昨年のクリスマスからニュージーランド旅行にでかけ、本来であれば1/1の早朝に羽田着、そのまま実家でのんびりお正月となるはずが、シドニーでのトランジット失敗により帰国が一日延びてしまった。

シドニーでの一泊は、有名なカウントダウン花火をホテルから眺めることもでき、盛りだくさんだった2023年の締めとしてはこの上なく愉快な体験だった。

しんどいのは1/1の20時ごろ、羽田に着いてからである。ネットに繋いだ瞬間に、「能登地方で震度7」のニュースが目に飛び込んできた。
能登は昨年、奧能登芸術祭を見に足を運んだ地域である。サッと血の気が引いた。深刻な影響を受けていたのは、輪島市、珠洲市など、まさに訪れた地域ばかりだった。

作品の案内をしてくれたボランティアの方々の顔が脳裏に浮かんだ。人懐こい笑顔で説明してくれた里山のおばあちゃんは、大丈夫だっただろうか。

心が落ち着かないまま、今度は羽田空港での火災である。
ターミナルは違えど、自分が前日の夜にいた場所である。炎が上がったまま走る飛行機を見て、中にいた人はどんなに怖い思いをしただろうかと考えただけで身がすくんだ。飛行機の乗客は無事だったが、海上保安庁の航空機の方にはなくなった方もいた。ニュースを見ていられなくなって、去年見逃していたM-1の配信を流した。

漫才は面白かったし、笑った。そうでもしないと、自分の世界を守れなかった。わたしは弱い。

近所の神社に初詣に行くと、そこそこの人出だった。少し並んでお参りをして、おみくじを引いた。吉だった。

おみくじにはこう書かれていた。

病気が一日一日とよくなって行くように 悩みはだんだんと解け 喜びは来たる

読んだ瞬間に、ほっと、心が少しほぐれるのを感じた。
病気が一日一日とよくなっていくように、わたしたちは回復できる。

韓国の作家、ハン・ガンの短編集「回復する人間」という本がある。
物語に登場する人々はいずれもそれぞれの傷を抱えている。詩のように繊細に紡がれる文章は時に目を逸らしたくなるほど痛々しい。それでも、回復に向かう希望がかすかに香る。

西加奈子の「くもをさがす」を読む。乳がんとの闘病記であるが、わたしには、1人の人間が再生し、新しい自分と歩き出す物語のように思えた。

わたしたちは回復することができるのだ。


2023年のわたしのテーマは「我慢しない」だった。お金の許す限りではあるが、旅行も買い物も外食も、好奇心と欲望の赴くままに楽しんだ。これは回復のための過程だったのだなと、今気づいた。コロナ、そして終わらぬ戦争で疲弊した心が、もうたくさんだと叫んでいた。やりたい放題やってチャージして、新しい年月を迎えうたんとしていた。

そして新年早々にまた傷ついたわたしの心は、弱い。それでも、回復できることをしっている。

病気が一日一日よくなってゆくように、誰のもとにも、喜びが必ず来たることを、切に祈っている。

わたしたちは回復することができるのだから。


追伸
記事のヘッダーに使わせて頂いたのは、青森県立美術館にて開催中の奈良美智展「ここから」で公開されている新作"Midnight Tears"の一部である(写真撮影可、昨年12月に訪れて撮影)。
奈良さんの描く少女の瞳から落ちる涙は切ない。でも一方で、その瞳のきらめきもまた、いずれ来る回復を予感させてくれる。

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