アニメ PSYCHO-PASS から学ぶ処世術

※※このページはネタバレを含みます※※

アニメ PSYCHO-PASS をご存じでしょうか?
西暦2112年の日本を舞台に、システムが管理する世界において、犯罪を取り締まる警察組織のお話で、2012年から2期放送されています。

このアニメは、物事の判断軸とその先にある行動について問題提起してるように思います。
1期からは
「あなたは何をもって、物事を良いと判断しますか?」
「その判断は、世間的に見てどうでしょうか?」
2期からは
「世間の判断は、本当に正しいのでしょうか?」
といったメッセージが感じられました。

・自身の強い判断軸を持つこと
・世間の目にどう映るかを意識して行動すること
・感情に支配されないこと

この3つの重要性を学べるアニメシリーズでした。

◆(おさらい)アニメ PSYCHO-PASS の世界観
 2112年の世界は「シビラシステム」というシステムによって管理されています。このシビラシステムは、市民が潜在的に犯罪を起こす危険度を判定して数値化(この数値を犯罪係数という)する機能を持っています。システムによって危険だと判断された人物は、警察がドミネーターという武器をつかって、捕獲や殺害します。
 犯罪を犯しそうな人物は、システムによって危険人物と判定されます。しかし、殺人や残虐行為を犯しているのに危険人物と判定されない人々がいます。彼らを免罪体質といいます。

◆シビラシステムの本当の姿 ※ネタバレ
 シビラシステムを構築しているものは何でしょうか?
答えは、たくさんの人の脳です。シビラシステムを構成する脳たちが、市民の犯罪係数を判定していたのです。そして、シビラシステムは、自身が危険性を見抜けなかった免罪体質の人々を取り込みます。裁く側のシステムに取り込むことで、裁く対象から外す。免罪体質者が裁かれる側の市民ではなくなることで、システムの判定結果は”正しい”ものになります。

◆【考察】免罪体質とはなんだったのか?
 なぜ免罪体質者は犯罪を起こす危険を見抜かれなかったのか?
これは「そもそも犯罪とは何なのか? 何をもって悪と判断するか?」に、答えがあると思います。
 シビラシステムは、外側から見た人の状態によって、犯罪係数を判定しています。表情や行動に表れる異常、過度な防衛本能を引き起こすほどの恐怖心や悪いことをしようとしている動揺による変化をもとにして、犯罪係数を判定しているのです。つまり、どんな残虐なことを行っていても、表情や行動に異常がなければ、犯罪係数は低い。免罪体質者は、悪いことをそもそも悪いと思わっていない人々なのです。
 なぜ、悪いと思っていないのか?
免罪体質者たちのもつ共通の特徴は、おそらく「善悪の判断軸を自身の中に持っている人々」だったのではないでしょうか。
世間がNoという犯罪行為でも、本人の判断軸によって問題ない行為と判断していたのではないかと思います。

◆自身の判断軸と世間の判断軸

 自身の判断軸をもつことは良いこと。しかし、世間の判断軸がどこにあるのかを理解し、世間の目にどう映るかを考慮して行動することが重要である。

私がこのアニメから感じたメッセージです。
自身の判断軸で物事を判断することは、いけないことでしょうか?
私は判断して良い、むしろ判断軸を持つべきだと思っています。
ただし、同時に世間の判断軸を理解し、そこから外れた行為を行ったらどうなるかを認識していることが前提です。世間がNoという行動をすれば、それなりの報いがあります。
 アニメで出てきた免罪体質者である槙島聖護は社会から排除されました。
殺人という明らかにアウトな行動だったため排除されましたが、世間的にグレーな行為だったらどうなるかと考えると悩ましいところです。
 何はともあれ、自身で良いと思っている行為も、世間から見ればダメだったりするわけです。他人や社会全体に大きな影響を及ぼす行為を行うときには、世間の目にどう映るかを考えてから行動することを心がけたいです。

◆アニメ2期、世間の判断は本当に正しいか?
アニメ2期には、「鹿矛囲桐斗」という100名以上の人から移植を受けた人物が出てきます。鹿矛囲自身を含めた100名以上は、シビラシステムから見て死んだ存在であり、鹿矛囲の行動は鹿矛囲+移植臓器を提供した100名以上によってなされたものであると判断されていました。つまり、鹿矛囲桐斗は個人でなく集団。シビラシステムは、個人を裁くことはできますが、集団を裁くことはできないため、鹿矛囲を裁くことはできません。そして、鹿矛囲を裁くことは、脳の集団であるシビラシステム自身も裁く対象となるということです。結果、シビラシステムは、鹿矛囲という集団を裁き、集団であるシステム自身の犯罪係数をあげる要因となっている脳を排除するという選択をとりました。
みんな(鹿矛囲)が正しいと言ったことは、本当に正しいことですか?
世間(シビラシステム)の判断は、本当に正しいことですか?
という疑問を投げかけているように思います。

◆関わると犯罪係数が上がる「雑賀譲二」と「東金朔夜」
 アニメ2期には、関わると犯罪係数があがると言われているキャラクターが2名います。しかし、犯罪係数があがってしまう要因が全く異なります。
 おそらく、雑賀は他者に対して、「あなたの判断軸は何ですか?」と問いかけ、相手に自身の判断軸を強く認識させることや、相手の判断軸に疑問を投げかけることで、相手が世間の判断軸に疑問を持つようにしてしまうタイプ。相手がもともと世間の判断軸に依存している人だと、自身の判断軸と世間の判断軸のズレに違和感を持ち、やがて行動等に異常が現れ、犯罪係数があがる。
 一方で、東金は相手の恐怖心や怒りをあおることで、相手を強い負の感情で行動させるように仕向ける。その行動は、大抵世間的にダメなことなので、犯罪係数があがる。
 この二人と関わりながら、全く犯罪係数があがらない人物が、主人公の「常守朱」です。彼女はおそらく、自身の強い判断軸を持っており、世間とズレておらず、感情に支配されない特徴を持っているのでしょう。判断軸が強いから雑賀と話しても犯罪係数はあがらないし、感情に支配されないから東金に悪意を向けられても犯罪係数があがらない。もし、常守の犯罪係数があがるとしたら、世間の判断軸がと大きく変化して、彼女の判断軸とズレてしまったときでしょう。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?