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みみなりとさるすべり

先日までの低気圧でずっとしていた耳鳴り。そこで思い出したこの歌。
じんじんとこころの奥は暗くしてさびし耳鳴りただわれのもの 

緑道に植わる木が風に揺れるのを見た。そこで思い出したこの歌。
見せたやな百日紅の花なよなよと薄もも色が風にゆるるを

どちらも原爆被爆歌人、正田篠枝さんの作品だ。

三十代の日々、毎年夏になると必ず読み返した武田百合子「富士日記」。この中で、このさるすべりの短歌を知った。百合子さんの引用では「風に揺るるを」のところが「風になびくを」になっているけれど。そこから気になって原典を探した。
原爆で亡くなった夫に向けて詠まれたという。

そしてさらに篠枝さんは
夜の更けをたぎつ湯釜よ被爆後のわれの耳鳴る耳のごとくに
耳の奥に鳴りて止まざるこのリズムわがものとしていとしみ久し
と残している。

蝉時雨と共に染みついたあの夏の耳鳴りを終生確かめながら生きた歌人の心。
コピペを読んだだけの、心のひとつもこもらない先代と今の首相の辞を聞くにつけ、空々しさばかりが耳に鳴る。
見せたやな、とやさしく靭く詠んだ歌人の心とは、76年どころではない、百万年の隔たりがあろうかと思う。

(百日紅の写真は日本気象協会のものです)

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