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【ジョギング記録】貧乏性のこと


5月10日


今朝は涼しかった。


朝起きると部屋の気温が17度で、天気予報によるとその時間の外の気温は10度だったらしい。


いつもより少しだけ厚めの上着をきて、いつもより少しだけ念入りにストレッチをして家を出た。



若干眠気が残っていたが、こういう時はたいてい、走り始めて少しするとだんだん目が覚めてくる。



日差しはあったが暑くはならないさわやかな気候だったので、今日しっかり走らないのはもったいない。



そう思って、今日も前回と同じコースで、いつもより少し長めに走った。



やっぱりはじめから飛ばしすぎないことが大切。



ランニング中は、自分の貧乏性だなあと感じる点について考えていた。

なぜ「貧乏性」というキーワードが頭の中に出てきたのかは覚えていない。




まず最初に思いついたのは、裏が白い紙を捨てられないことだ。



広告や配布物の裏が白いと、どうしてもまだ使える、と思ってしまって捨てられない。


ブックカバーやレシートさえも保管している。



そのせいで、小学生時代から溜め続けている裏紙は、本棚についている2つの引き出しを、2つとも占領している。


勉強で暗記事項を書き殴るのに使ったり、小さく切ってメモにしたりして消費しているが、それでもなかなか無くならないほどの量である。


でも、この紙の山がいつかなくなってしまうかもしれないと考えるとどうしても不安だ。


裏紙がなくなったら私は何に、英単語を書きなぐり、すぐに捨てるメモを書くのだろう。


コピー用紙に書いてもいいが、それだとどこか遠慮してしまって、思い切り汚い字で書くことができないではないか。


今はデジタル化が進んでいて、紙の資料やプリントがどんどん少なくなっている。


最近私が裏紙をゲットする量は、消費量を下回りつつある。


これでは私の裏紙がなくなってしまうかもしれない。




裏紙の問題以外にも、私の貧乏性な点はたくさん思いつく。



例えば、家族でお寿司の醤油やサラダのドレッシングの小袋をシェアして使い、まだ開けていない小袋は後日使おうとするところ。



小学生の頃からずっと、穴があいた靴下を何度もぬって履いているところ。(1番に穴があくのは決まって親指の部分だが、そこを縫うと縫い目が痛くて困る。)



鉛筆は補助軸を使って残り2センチくらいになるまで無理やり使うところ。







走っている間中ずっと考えていると、いくつもいくつも貧乏性エピソードが浮かんできた。





基本的に私はケチなのだ。


こういう性格なのだから、私のどの場面を切り取っても貧乏性で、例を挙げ出したらキリがない。




このシンプルな結論に辿りつくまで40分近くかかった。




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