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音楽があれば(9)Train「SAVE ME, SAN FRANCISCO」

 Trainの楽曲に初めて出会ったのは、2002年の第44回グラミー賞の少し前のことでした。1990年代からグラミー賞授賞式の放送に向け、契約交渉やグラミー協会との諸々の関係を維持する仕事をしており、さらに当時はWOWOWのL.A.事務所の所長としてエンタテインメント全般に関わっていました。アメリカの音楽業界のあれこれにも携わりながら、流行り廃りする音楽、そして音楽ビジネスというものを肌で感じる日々が続いていました。
 2001年9月11日の同時多発テロ事件の余韻がまだ続く2002年2月27日のグラミー賞授賞式では、ステイプルズ・センターの屋上にフル装備の警官が監視しているという、物々しい雰囲気が漂っていました。時代とともに音楽があるのかもしれないと、あの日、ふと感じていました。
 そのグラミー賞授賞式で受賞したのがTrainでした。受賞楽曲は「Drops Of Jupiter (Tell Me)」で、彼らの曲はロックのカテゴリーでしょうが、正統派ロックでもヒップホップでもない、どこか懐かしさを漂わせながらも、こねくり回さない新鮮がありました。
 そして、私がなんと言っても好きな楽曲が「SAVE ME, SAN FRANCISCO」です。スラングやS.F.の地元しか分からぬ口語が使われるこの楽曲を初めて聞いたとき、「これこれ、この感じを待ってたんだ」と思いました。一つには、私が住んでいたカリフォルニアの街の風が感じられたことです。特に、L.A.から約400マイル北にある、サンフランシスコという街に住む若者たちの感覚がストレートに吐き出されているように思われました。
 今から思えば、チェーン化が広がりだしたスターバックスや初代iPhoneやドリームワークスや…サンフランシスコを中心としたエリアの新進気鋭な風を纏っていたようにも思われます。
 時代とともに音楽があるとするならば、Trainの「SAVE ME, SAN FRANCISCO」は、2000年代を動かしていく勢いある風を感じさせてくれたのかもしれません。
 新型コロナ禍やウクライナの戦争など、混沌とした時代を経験しながら日々を過ごしていると、無意識のところで混沌の泥水が沈殿しているような錯覚に陥ることがあります。そんなとき、Trainの「SAVE ME, SAN FRANCISCO」を聴くと、忘れてしまった風を思い出させてくれます。中嶋雷太

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