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本に愛される人になりたい(69) 玉村豊男「パリのカフェをつくった人々」

 この、私のnoteにはいくつかの不定期連載シリーズがあり、その一つが「悲しきガストロノームの夢想」で、私が愛する食べ物の話のあれやこれやを書き綴っており、確か第66話になっているはずです。(良ければお読みくださいませ)食べることはもちろん大好きなのですが、食べ物についての本も大好きで、古今東西の食べ物についての本が書棚の一角を占領しています。
 本書は、フランスの料理に精通されているグルメ・エッセイシストの玉村豊男さんによるもので、冬の牡蠣のシーズンになると、「パリのブラッスリーをめぐる男たちの闘い」という一章に描かれた冬場の生牡蠣のエッセイを読みたくなります。
 パリには何十回も訪れていますが、仕事とプライベートでの定宿は変えていて、仕事ではルーブル美術館近くのサントノーレ通りにある某ホテルに、プライベートではセーヌ川左岸のビュシ市場近くの某ホテルと決めています。
 数年前の冬にパリを訪ねたときは、到着初日から、ビュシ市場近くに並ぶブラッスリー街へと若干興奮気味に足を運びました。冬場になるとこのビュシ市場近辺のブラッスリー街の歩道には牡蠣の屋台的なのが並び立ちます。その風景を目にするや、私の味蕾が踊りだし、お気に入りのブラッスリーに入ると、早速白ワインと生牡蠣を注文します。本書を初めて読んだとき、「私がパリへ着くなり『ミュニッシュ』へ行くのは、長旅と時差で疲れた胃袋にカキと白ワインで軽い刺激を与えてやるためであると同時に、そんなぬくもりに満ちた猥雑さの中にある自由な気分を味わって、またパリにやってきたのだ!と確認するための一種の儀式でもあるわけだ。」と書かれているのに、驚いたのを覚えています。それこそ、私と同じ感慨であり、さらに彼が愛するミニッシュというブラッスリー店もまた、このビュシ市場近くのレストラン街にあるというので、私は二度驚いたわけです。
 ただ決定的に異なるのは、私は単なる客目線で牡蠣と白ワインを楽しんでいるのですが、彼の場合はエッセイシストとしてしっかり取材をされていて、ブラッスリーの外で牡蠣の殻を剥く職人(エカイエ)やブラッスリーの内側のことなども小気味良い筆致で描かれています。そして、単なる客目線の私の食の心象風景をより深く彩ってもらい感謝しています。
 冬のパリのセーヌ川左岸。ビュシ市場近くのレストラン街の歩道に立ち並ぶ牡蠣の屋台。そして、屋台で剥かれた牡蠣を、少し辛めの白ワインで堪能し尽くす。その、なんでもない食の楽しみをさらに深めてくれた本書は、毎年冬の季節になると、書棚からそっと取り出して読みたくなる一冊なのです。中嶋雷太

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