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坂のある街へ

 
 執念と言えば執念なのかもしれない。

 もともと少し前から引っ越しを画策していた。今住んでいる家というか部屋は、100平米超の居住スペースに70平米のルーフバルコニーが付いた稀有なマンションだ。それでいて家賃が安めなのは事故物件だからではなく、オーナーさんが余裕のある人で儲けるつもりがないのと、何より古いからだ。

 特にリビングの片隅に設置された電気温水器が年代物で、水道屋さん曰くいつ壊れてもおかしくないという。もはやスペアパーツもないうえ、前の持ち主が辛うじて点検ができる程度のスペースを残して壁で覆ってしまったせいで、温水器を換えるには大リフォームが必要になる。つまり我々はある日突然お湯が出なくなり、工事のためしばらく家を追い出される環境に暮しているということになる。

 それは大いに困るのだが、しかし家なんてそう簡単に見付けられるものでもない。なのでちょくちょく色々な不動産のサイトを覗きながら気長に物件を探していた。

 それは一昨年の正月のことだったと思う。神戸のとある海沿いの街に魅力的な土地を見付けた。300坪近くもある広い土地で、草木も好き放題に生い茂り素人が手を出すにはちょっとハードに見える物件だったが、何よりそこは海を望む眺望が素晴らしかった。聞くととある企業が長年所有している土地で、売値も広さの割には格安だった。

 これはいいと思い詳しく話を聞いてみると、ひとつだけ問題があった。それは本来車道に面した部分が、過去の近隣住民とのトラブルでブロック塀で閉じられていることだった。

 ここが使えないと自家用車やバイクが通れないばかりか、そもそも家を建てるための重機や資材を敷地に入れることができない。もう1箇所の接道部分は急な坂に作られた階段状の路地で、この狭い坂道から300坪の土地に見合う家を建てるだけの資材を運び込むのは難しいだろう。いや、5年くらいかければそれも可能かもしれないが、我が家はピラミッドや姫路城ではない。

 結局その土地を買うことは断念したのだが、しかしその街に対する憧れだけはその後も私の心の奥底でゆらゆらと燃え続けた。そもそも私は海なし県の生まれで、窓から海が見えるとか、海まで歩いて10分とか、目が覚めると汽笛が聞こえるとか、そういう海絡みのことに対する憧れが異常に強い。

 「地震とか大丈夫なの」
 「会社遠くなるよ」
 「クルマ錆びるよ」

 ごもっとも。現に私はかつての神戸の震災も経験している。だがそうしたことをクリアしてでも手に入れたいという執念のようなものが、私の心の中にはあった。それは私自身発見だと思うほど強かった。そして。

 こういう地に巡り合えるということは幸せなことだと思う。不動産はタイミングと出会いだとよく言うが、確かにそれは否定できない。

 この街には坂が多い。

 なかにはかつてあの眺めの良い土地を見に登った坂もある。

 新型コロナが蔓延しようと、その見晴らしは健在だ。

 そして坂道の合間には、小さな小さな商店街が今もひっそりと息をしている。

 契約したのはまだ誰もクルーズ船のことなど気に留めていない1月の初め。新型コロナ、三密、不要不急に揺れる2020年夏、私は神戸市は垂水区塩屋という街に移り住むことになった。今は正にその手に入れた住居のリフォーム中なのだが、こんな状況下ではたしてどんな引っ越しになるのか。自分のためにもその顛末を記録しておくことにする。




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