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まなざし(5) キャンパスで埋もれて


「社会学部ってさあ〜、何するとこなの?」
4月10日月曜日。
大学の入学式、それから保健関係のガイダンス、学部ごとのガイダンスを終えたところで、俺の隣には当たり前のように高校からの友人である中島春樹がいた。無事に二人仲良く希望の大学に通って、これまた二人仲良く大学生活初日の運命を共にしているというわけだ。よりにもよって同じ学部に入ってしまったのだから仕方がなかろう。
「何するところって……、お前なあ、そんなことも知らずに社会学部受けたのかよ」
「あったりまえだろ。いまどき、“これが学びたいから〇〇の学部に行く!”なんて立派なご意見をお持ちの方のほうがレアに決まってるだろ」
「まあ、そうかもしれんな」
何も考えていないようで、実は思考の深い(?)中島は、鋭いご意見をのたまう。
確かに彼の言う通りで、大学受験の段階で大層な夢や目標を持っている人の方が、相当珍しい。よっぽど意志が強い人か、変人だと相場が決まっている。
「とにかくさ、これからだ。俺は適度に授業に出て、適度にサボる」
中島の、“いかにも大学生”らしい心構えに、俺はいよいよ関心させられた。
大学なんて、サボってなんぼの世界だよ。
と、兄の和人(かずと)が言っていたのを思い出す。
サボってなんぼ。
授業をサボってバイトや遊びに費やす。時にはサークルの仲間とバカをやって朝まで飲み明かす。
いずれ自分にも、彼女なんて存在ができるかもしれない。そうすればきっと、もっと楽しい生活になる。と同時に、俺の大学生活は堕落への一途を辿るだろう。
「……と、今日はこれでやること終わったし、俺はサークルでも見に行くかな」
中島は早速、充実した大学生活を送るのに一番有効なサークル活動を見学しに行くらしい。
実のところ、俺はサークルに入るか迷っていた。
これといって入りたいと思うサークルがないからだ。
高校時代は中島と一緒にバスケ部に入っていたが、練習が厳しく、大学生になってまで本気で練習をしなければならないようなサークルや部活に入るのは考えにくい。
しかし、自分からバスケという趣味を除けば、他に好きなことややりたいことがぱっと思いつかないのだ。
「にしても、すごい人の数だな」
そう。俺がこうしてサークルに入るか否か迷っている最中にも、キャンパスの至るところで様々なサークルの先輩たちが、無防備にふらふら歩く新入生を捕まえようとひしめき合っていた。潮の流れに乗って泳いでいった先に、恐ろしいサメが待ち構えている様を想像してぞっとする。まさにそんな感じ。
「新入生の方ですか〜?」

「私たちは、週に二回、近くのテニスコートで練習をしていまして」

「フィギュアスケートに興味はありませんか?」

「活動日数は月に一回! 気ままに集まって、気ままにカフェでのんびり話す、カフェ巡りサークルはいかがでしょう」

そういった上級生たちの勧誘文句が飛び交うなか中島は、
「バスケ初心者も大歓迎です!」
というひときわ大きくて威勢の良い声につられて、「早坂、俺はちょっくら行ってくるわ」とあっけなく“リア充☆大学生活街道”へと旅立っていった。
「まじで行きやがった」
中島のことだから、大学生になってまで練習が大変なことで有名なバスケ部に入るとは思っていなかったが、まさか普通にバスケサークルに興味を持つとは。
バスケは高校時代でもう懲りたと思っていた。なんにせよ飽き性なのだ、奴は。
まあ、一度見学に行ってみて肌に合わないと感じればすぐに別のところにいくだろう、と何の心配もなかったが。
そんなことより、俺は今この新入生勧誘の嵐の中でひとりぼっちになるのがとても心細かった。なんとなくだけど、誰でも良いから誰かと話をしながら歩いてさえいれば、面倒臭いサークル勧誘もなんとか切り抜けられる気がしたのだ。

俺は、一刻も早くこの状況を逃れようと、必死に辺りを見回した。
どこかに知り合いはいないのか? いや、ここは様々な高校出身の人が集まるE大学だ。確かに同じ高校を出た人が中島以外にいないわけではないが、広いキャンパスの中で、しかもこの人混みの中で知り合いに出会うのは、至難の技だった。
「ねえ、きみ新入生?」
「うちの部、めちゃくちゃ大会でも強いんだ。良かったら見学に来ない? 無理ならご飯だけでもいいからさ」
キャンパス内、人混みの中でキョロキョロと挙動不審な行動をしていると、「俺は新入生だ」と自分で言っているようなものだ。案の定、どこの部活動の人だか知れない上級生から腕を掴まれそうになっていた。その時。

「あっ」
その瞬間、冗談抜きで神様が自分に味方をしたのだと思った。

「あの、私、そういうのはちょっと……」
ちょうど社会学部の校舎の陰に隠れるぐらいの隅っこで、見覚えのある女の子が例のごとく上級生に囲まれて困っているところを見つけたのだ。
「いいじゃないか。ご飯食べるだけだしさ、今日ぐらい。今日一日ぐらい」
見た感じ運動サークルの——おそらくサッカーをしているのであろう、肌の黒い男子生徒が、その女の子に迫る。見れば、女の子の腕でも掴みそうな勢いだ。
彼女は、前方から歩いてくる俺の姿を、サッカー男子(推測)の身体越しに見つけたのか、はっと目を見開いて、俺のことを凝視した。
まるでそれは。
「助けて」を叫んでいるようで。
「あの、俺今日その子とこれから用事あるんです」
思わず自分の口から漫画の主人公みたいな台詞が漏れた時、女の子の瞳が安堵の色に包まれるのを見たのだった。

続く

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