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芸劇eyes番外編『もしもし、こちら弱いい派 かそけき声を聴くたびにー弱さを肯定する社会へ、演劇からの応答―』の感想メモ。

2021年7月23日に東京芸術劇場シアターイーストで観た芸劇eyes番外編『もしもし、こちら弱いい派 かそけき声を聴くたびにー弱さを肯定する社会へ、演劇からの応答―』の感想。

いいへんじ、ウンゲツィーファ、コトリ会議の3劇団の作品を上演。
場内に入ると舞台が広い。座席の前2列を外してアクティングスペースをさらに確保している。すでにいいへんじの美術がセットされているが、それも舞台の広さにばらけて見える。当日パンフレットで出演者を観るとどの団体も4人から6人の出演者、俳優たちが、そして作り手たちが、どうやってこの空間を満たすのかに興味をひかれつつ開演を待つ。

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・いいへんじ『薬をもらいにいく薬(序章)』
ラジオのDJの語り口が作る街の雰囲気が舞台に街の時間を流し込む。自転車が通り過ぎる。花屋の店先の風景が目に留まる。ばらけて見えた舞台上の様々なものから、なにげない風景が肌触りとともに編みあがり訪れて、舞台の広さに空気が拡散するのではなく、そこに時が刻まれ、風が吹き、一日の鼓動が聞こえるような感覚が訪れる。
描かれる主人公の女性や他の登場人物たちの、コミカルでシリアスでタフな物語が、その空気の中だと不思議な実存感というかライブ感を持つことにも浸潤される。心を病んだ女性の姿と流れる時間との落差が次第に切り出され、街の日常の中での女性の非日常感や揺らぎが、舞台の広さを武器にしてすっと浮かび上がってくるようで。その重さも肌触りもとても新鮮な描き方に感じられ、余韻もあり、魅力的だった。
観終わって、東京で生きるリズムや、洒脱さや、禍々しさや、孤独や、その中にあって支えとなる心の触れ合いが、それぞれの体感として訪れ、やがて立体的に組みあがり、街の風景にとりこまる。その透明感も濁りも失わない舞台のありようが心に残った。

・ウンゲツィーファ『Uber Boyz』
素舞台に倒れた自転車、そこから始まる物語をまがりなりにも世界観として受け取るまでにけっこう時間がかかったけれど、それでも、二輪車たちの広い舞台上での疾走は観る側の視線をちゃんと釘付けにして追わせてくれる。その世界の仮想感も最初はよくわからなくて、それが舞台上で表現された「よくわからなさ」と共振して、円というか球体になっている世界が、平面に伸されて、その層が積み重なっているということが、どこか雑な理解というかあいまいな感覚なのにしっかりと印象に残って、自分の中の無意識に差し込まれた世界観がゲームの世界の実存感を引き出しそのありように嵌っていく。
個人的には最近今時のいわゆるゲーム的なことに没入することがほとんどななくて、その世界を絡めての寓意やミミックなどが紡ぎこまれていてもボロボロ取りこぼしてはいたと思うのだけれど、でも世界のありようについては俳優たちが身体とともに作り上げた舞台に醸された空気をそのままに受け取ることできたし、作品をまるっとくくってゲームの予告編へと収めた終盤にも作り手の創作のバネというか描かれた世界をがっつり束ね受け止める力や切れを感じた。

・コトリ会議『おみかんの明かり』
ほぼ闇の中、やや下手にオレンジ色の光が丸く小さく降りている。やがて擬音とともに人が歩む気配が編まれ始める。遠く山道を歩んできたようにも思える。醸されたその雰囲気に浸されて、どこか常ならぬ世界に迷い込んだような気持ちになって、オレンジ色のダウンライトに差し入れられた手を見つめる。やがて黄泉の国へと旅立った男が現れ、それを慕い続ける女が生死を隔てる川の岸辺で互いの想いを交わす姿となり、女性がその想いを抑えきれず、禁を破って川をためらいつつ渡ろうとする姿の哀れを描き出す。描き出すのだがその古典の描かれるような常ならぬものとの逢瀬を想起させる世界の美しさが、時空警察的な女性の登場でドラスティックに物語の風貌を変えていく。
警察官の持つ銃が、そこまで醸された場の雰囲気とどうにも不釣り合いで、しかも、そうはいっても規律を保っていたその銃が奪われるは、彼女の上司の男性が黄泉の国側に現れてさらに秩序を崩すはで、ゆっくりと舞台に醸成されていた生死の枠組みのなかでの恋慕のはなかさや情念が、次第にどがちやがにされてしまうありさまに不思議にマッチしていて思わず吹き出してしまう。舞台の広さが秩序とその掟破りの姿を団子にせずクリアに描き出しているのもよい。
異なる次元から来た二組の男女それぞれが秩序の縛りを解いてあふれさせた想いが、それはもう下世話でもあり、あさましくもあり、あからさまでもあり、愛おしくもあって。その生々しさを描き出す作り手の企みのしたたかさと作劇の確かさに舌を巻いた。

上演時間は120分ほど、暗転を挟みつつ休憩なしでの連続上演。そもそも作品ごとの質感は見事にばらけているしショーケースとして並べられたとき作品のどおしでの喰い合わせも決してよくはないのだけれど、でも、そのことがそれぞれの作品の個性を互いに照らし出し際立たせてもいて。また、舞台の広さが団体ごとの力を異なるベクトルで引き出していることにも心捉えられた。
今の作り手たちが持つ語り口の多様性が豊かに心に刻まれた。

ゲイゲキ0712CUP

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芸劇eyes番外編 vol.3
「もしもし、こちら弱いい派─かそけき声を聴くために─」
弱さを肯定する社会へ、演劇からの応答
2021年7月22日~25日 @東京芸術劇場シアターイースト

・いいへんじ『薬をもらいにいく薬(序章)』
作・演出 : 中島梓織(いいへんじ)
出演 : 飯尾朋花  小澤南穂子 (以上、いいへんじ)
遠藤雄斗 小見朋生(譜面絵画) タナカエミ
声の出演 : 松浦みる(いいへんじ) 野木青依
音楽 : 野木青依 Vegetable Record

・ウンゲツィーファ『Uber Boyz』
作・演出・出演 : 池田亮
出演 : 金内健樹 金子鈴幸 黒澤多生 中澤陽 本橋龍
音楽 : 額田大志

・コトリ会議『おみかんの明かり』
作・演出 : 山本正典
出演 : 牛嶋千佳、三ヶ日晩、原竹志、まえかつと(以上、コトリ会議)
音源制作 : 佐藤武紀

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