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カリンカ『日記』の感想メモ

2023年2月26日夜に下北沢オフ・オフシアターで観たカリンカ『日記』の感想。

作・演出は劇団普通主宰の石黒麻衣。年老いた両親とそれを気遣う子供たちという構図は石黒が佐藤佐吉最優秀脚本賞を受賞した劇団普通の公演『秘密』と同じなのだが、描かれることがその両親が暮らす田舎を訪れての出来事から両親たちをその娘が都会に呼び寄せた都会での出来事に変わったことで、新たな色合いに編まれた物語になる。
そもそも、これらの作品に描かれる様々の根っこは、たとえば小津安二郎監督の『東京物語』で描かれた世界にも通じていることだろうけれど、今回は石黒の編む舞台の刹那ごとの解像度が「カリンカ」という団体の枠組みでの作劇の中で新たに映え、その普遍を今のライブ感を持った市井の風景として見事に浮かび上がらせていた。

俳優たちの人物造形が見事。父親(贈人)と母親(ザンヨウコ)が紡ぐ長年連れ添った夫婦の会話が、コミカルで、少し切なくて、ちょっとまわりをイラつかせて、それらの積み重なりが田舎から都会に仮初の転居をした夫婦の戸惑いや受け入れた娘夫婦への気遣いをその風貌の内に織り込んでいく。会話に加わる娘のあい(橘花梨)には両親への想いと夫の建夫(森田亘)との絆の狭間での揺らぎが感じられ、それが次第に柔らかな閉塞の色となって舞台を満たす。観客から見ても建夫はほんと良い人で、表層を丁寧に作り込みながら抱くものにすこしずつ血を通わせるようなお芝居が人物の温度ともなり実存感ともなって観る側を繋ぐ。
あいの姉である優子(Q本かよ)とその夫浩志(石井由多加)の存在は舞台に新たな視座を与える。優子の心に宿る両親やあいの姿がセリフにもそれを演じる表情にも想いの細微なニュアンスとなって紡ぎ出され、それが姉妹の機微というかどこか無意識に揺蕩うようなすれ違いの実感ともなる。浩志の義理の父母やあいへの距離感や優子の想いとの温度差の描き方も上手い。
建夫とその父親吉雄(用松亮)の会話にも強く心を動かされた。そこには劇には描かれない建夫の妹を含めた家族の風景があって、建夫のあいの家族のなかにある時とは異なる表情にも見入る。それは吉雄とあいの会話やきっと優子や浩志も持つ異なる顔で、そうして様々な柵の中で揺らぎながらいくつもの想いの交わりに日々を過ごす姿が舞台に満ち観る側を染める。
終盤に吉雄があいと建夫に見せる10年日記、その手前にはずっと書き込まれた吉雄が息子にもみせることのない10年たちの日記があり、新しい日記にはきっと父が息子に見せることのない新たな10年が綴られる。読むことない日記がそこに裏打ちされた知ることのない吉雄の抱き抱いたものの存在として建夫の中にも観る側にも刻まれる。
物語はあいの両親が帰った先であっけなく終わるのだけれど、その後日談も含めて広がり広がるであろういくつもの10年たちが、舞台に描かれた刹那も更には観客自らが抱くものも含めた様々な生きる姿たちの俯瞰へも広がり心に残った。
美術は基本的にはテーブルに4客の椅子だけというシンプルさだったが、舞台に不要なノイズを与えず良く機能していた。それといくつか出てくる「おみやげ」が子供たちが独り立ちした家族の間の関係をうまく晒す道具だった。亡くなった母が自分の姉妹や父方の親戚を訪れたり迎えたりするたびにあれやこれやとおみやげに心を配っていたことを思い出したりも。

終演後、去年の初めに観た劇団普通『秘密』と重ね合わせ、その肌触りの違いに俳優たちの演じる異なった確かさとそれを導き出す演出の秀逸を実感。今回の物語として組まれた舞台を満たす空気の匙加減が、かつて観た『秘密』と作家曰く少し地続きの家族の物語である『日記』に互いを際立たせる彩をあたえていたようにも思う。

下北沢OFF・OFFシアター

(公演の詳細)
カリンカ『日記』
2023年2月22日~28日@下北沢 OFF・OFFシアター
作・演出 :石黒麻衣
出演 :石井由多加、贈人、ザンヨウコ、
用松亮、森田亘、Q本かよ、
橘花梨

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