七弦琴と源氏物語 あきらかにそらのつきほしをうごかし
源氏物語 若菜下
琴(きん)について書かれていると教えて頂き若菜のページを開く。
絹弦の琴の音色はとても不思議だ。静かに遠くまで波動を拡げ、鳥たちは共に歌い始め、風が光を乗せて走り来て、木々や石も共振しながら心地良く歌う。神々も先祖の御霊もそっと降りてきては静かに聴き入っている。
「天地を動かし、鬼神の心を和らげ、もろもろの楽器がみな琴の音に従って、深い悲しみも喜びに変わり」
「明らかに空の月や星を動かし、時ならぬ霜や雪を降らし、雲雷を騒がした例が上代にはあったのです。」
若菜下の段に描かれているのは女三宮で、京都の落葉神社が所縁の場所であったことを思い出す。奏でられる優美な弦の音に、光の粒が降るように霧雨がさらさらと降りてきた思い出深い美しい日だった。
原文
「よろづのこと、道々につけて習ひまねばば、才といふもの、いづれも際なくおぼえつつ、わが心地に飽くべき限りなく、習ひ取らむことはいと難けれど、何かは、そのたどり深き人の、今の世にをさをさなければ、片端をなだらかにまねび得たらむ人、さるかたかどに心をやりてもありぬべきを、琴なむ、なほわづらはしく、手触れにくきものはありける。
この琴は、まことに跡のままに尋ねとりたる昔の人は、天地をなびかし、鬼神の心をやはらげ、よろづの物の音のうちに従ひて、悲しび深き者も喜びに変はり、賤しく貧しき者も高き世に改まり、宝にあづかり、世にゆるさるるたぐひ多かりけり。
この国に弾き伝ふる初めつ方まで、深くこの事を心得たる人は、多くの年を知らぬ国に過ぐし、身をなきになして、この琴をまねび取らむと惑ひてだに、し得るは難くなむありける。げにはた、明らかに空の月星を動かし、時ならぬ霜雪を降らせ、雲雷を騒がしたる例、上りたる世にはありけり。
かく限りなきものにて、そのままに習ひ取る人のありがたく、世の末なればにや、いづこのそのかみの片端にかはあらむ。されど、なほ、かの鬼神の耳とどめ、かたぶきそめにけるものなればにや、なまなまにまねびて、思ひかなはぬたぐひありけるのち、これを弾く人、よからずとかいふ難をつけて、うるさきままに、今はをさをさ伝ふる人なしとか。いと口惜しきことにこそあれ。
琴の音を離れては、何琴をか物を調へ知るしるべとはせむ。げに、よろづのこと衰ふるさまは、やすくなりゆく世の中に、一人出で離れて、心を立てて、唐土、高麗と、この世に惑ひありき、親子を離れむことは、世の中にひがめる者になりぬべし。
などか、なのめにて、なほこの道を通はし知るばかりの端をば、知りおかざらむ。調べ一つに手を弾き尽くさむことだに、はかりもなきものななり。いはむや、多くの調べ、わづらはしき曲多かるを、心に入りし盛りには、世にありとあり、ここに伝はりたる譜といふものの限りをあまねく見合はせて、のちのちは、師とすべき人もなくてなむ、好み習ひしかど、なほ上りての人には、当たるべくもあらじをや。まして、この後といひては、伝はるべき末もなき、いとあはれになむ」
源氏物語と「琴」Ⅱ
―余韻の音楽、琴― 伏見无家先生http://orange.zero.jp/zad70693.rose/guqin/genji02.html...
写真
西陣織
源氏物語絵巻
山口伊太郎氏
紫絋織物所蔵
撮影/谷口理香
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