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前日の朝(前々夜のつづき)

昨日時間切れで公開してしまった話のつづき。

それにしても。わが家はいつも、出かける前には大騒動だ。ムスメの支度に時間がかかりすぎて、ついつい、あれはどこ、それはどうするの、こっちは要るの要らないの、とワーワー言ってしまう。

ムスメはといえば、どんなに逼迫した状況でも、興味の一番強いものしか頭にない。今回の場合は、コンクール終了と同時に引退する、先輩たちへのメッセージカード作りの材料だ。コンクールの翌日に卒部会がある。恒例で、後輩が先輩にちょっとしたプレゼントとメッセージカードを渡す。自分のパートの先輩に、一人ずつだ。ムスメのパートは先輩が4人。その準備がまだ終わっていない。気になって気になって、肝心の自分の準備が終わらない。

ラッピングは帰ってきてからやっても間に合う。こっちは持っていって、新幹線の移動中に書けば良い。一つずつ丁寧にやれば終わるから。と、ムスメに言って聞かせるが、集中できず、視線は手元のシールの束に向いている。頭の中ではもう、このシールを貼って、メッセージをどう書こうかと考えているに違いない。わたしの話は音として聞こえてはいるが、言葉の意味が入ってきていない状態だ。

わかる。わたしも同じだった。子どもの頃は自分の興味をコントロールできなかった。視覚・聴覚の刺激があると、思考が停止してそちらに注視してしまう。疑問がわいたら、その場の空気を読まずに「ねえねえ」と話しかけて、大人から「話に割り込むんじゃない」「それより今は、先にやることをやれ」と言われてきた。今はわたしがムスメに同じことを言っている。

わたしはどうやってそれをクリアしてきたのだろうかと考える。親からは「自分でやりなさい」としか言われなかった気がする。そして、特に口出しもせず、手助けもしなかった。これはなかなかの器だ。わたしはムスメに同じことができない。

「ホテルに着いたら、制服をハンガーにかけなさいよ。シワになるから」と言うと、「それ、メモにしておいてくれない?忘れそう」。そうか。忘れそうだという心配をするだけでもヨシとする。

なんとか用意を済ませ、寝たのは12時の直前だった。今朝は5時過ぎに起こし、6時ちょうどに家を出た。出る前に「忘れ物はない?いい?大丈夫だよね?」と何度も確認した。「うん!」と元気よく返事したムスメを車に乗せて、雨の中、学校へ向かった。

「新幹線の中は乾燥してるから、こまめに水分をとりなさいよ」と言いながら、ハッとした。水筒を忘れている。そもそも、今朝はわたしがお茶の準備をしていない。まずい。「ごめん!水筒忘れてた!」そう言うと、「あー、どうするかねえ。」と呑気なムスメ。そのままコンビニに寄って、ペットボトルのお茶を買い、学校に向かった。カエルの子はカエル、いや、一周まわって『カエルの子の親はカエル』、である。

しとしと秋雨が降る中を、50人のメンバーがバスに乗り込む。不安そうな子がいたので、どうしたの?と聞いたら、「忘れ物を母が取りに帰ってるんです。まだ来ないんです。」と言う。あー、うちだけじゃなかったかー。バスのドアが閉まるギリギリに駆け込んだお母さんが持っていたのは、なんと、水筒、軽食のパン、ローファー。重要三点セットじゃないか。おー。うちだけじゃなかったのかー。なんだか同志に出会えた気がした。がんばれがんばれ。

いってらっしゃい。手を振って見送ると、バスの中から満面の笑みで手を振り返すムスメが見えた。


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