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絶望を「楽しむ」こと、その批評性

2009年に地元である福島県いわき市に戻り、結婚をし、家を建て、子どもも生まれ、サラリーマンを辞め、独立して5年目に入る。39歳。自分の手がけたものを少しずつ評価してもらえるようになったのは、社会に評価されてきたという以上に、「地方暮らし」や「ローカル」といった言葉がメディアで使われるようになったおかげである。

地方自治体がこぞってUIターンをもてはやし、地方のシティセールスやPRが大手のメディアでも取り上げられるようになり、地元福島県も「震災復興」の名のもとに様々な情報発信事業を行う「地方創生」の時代。そうでなければ、福島県の片田舎の港町で生きるぼくに仕事が回ってくるはずもない。「ローカルブーム」がいつまでも続きますようにと、いつも切に願いながら原稿を送る日々。ありがとうローカル!

記事のなかのぼくは、いつも前向きに暮らしを楽しもうとしている。けれど実際はどうだろう。風呂場の鏡に映ったぼくは、ずいぶんを年を取ったように見える。目の下にはクマが貼りつき、鼻毛にすら白いものが混じり、「おれ、年とったなあ」なんつって、石川啄木ばりに「ぢっと手を見る」ことも増えた。もちろん記事でウソついているわけじゃない。ネガティブにフォーカスした記事の依頼がなかっただけだ。

基本的に、地方暮らしは大変である(いやまあ都会も大変だろうけれど)。大変だからこそ楽しもうとするのであり、楽しもうとするのは生きていくため。カラ元気でもいいから元気を出していかないと、あっという間にニヒリズムに陥るし、生きている意味なんて簡単に見失ってしまう。つまり、何かに抗っているからこそ楽しむのだ。ひねくれているのかしら。

そしてこの「楽しむ」というのは、苦しい現場において鋭い批評性のようなものを発揮しうるとぼくは思っている。いきなり「批評性」とか言ってお前大丈夫か? って感じだと思うけれど、いやでも、つまりそういうことなのだ。現実は絶望的だしキツいし、どこにも行けそうもない。だからこそ、そこに抗していくような反対側の動き、つまり楽しむという態度は絶望に対する批評になり得る、というわけ。

思想家の東浩紀は『ゲンロン0 観光客の哲学』のなかで、観光客的なふまじめさが誤配を生むのだという話をしていて、これは人生にも社会課題解決にも通底するとぼくは思っている。困難な場所は、現実に縛られてどこにも行けなくなってしまう。けれどそういう場所だからこそ、人間の根源的な欲望を喚起することで「ふまじめ」を起動してみる。すると、思ってもみなかった人がそれを受け取り(それは自分自身かもしれない)、凝り固まった現実が解きほぐされていく希望が生まれるのだ、と。

ぼくは勝手にそう解釈して、ああこの話は地方づくりにも当てはまるし、震災後の福島にも当てはまるし、いわゆる「社会課題」の領域にも当てはまるなあと思った。だからこそこのような思想や哲学というのは、専門的な文脈だけではなくて、むしろそれを受け取った「現場」からも光を当てていくような動きが必要なのではないか、と考えるようになった。

つまりなんというか、思想家や哲学者を引用したりするいかにもな批評の文脈から少し離れて(だってぼくはその専門家ではないし)、わりとソーシャルとかローカルとか課題解決みたいな文脈から光を当て、より社会実践的な解釈を付与していくことで思想の汎用性を高めるというか。そういう動きも必要なのではないかと思う。そしてそのようにふまじめに思想や哲学を楽しむことは、もしかしたら専門領域に対する批評的行為になり得るかもしれない。観光客のように、これはそういうことかもしれない! と知的好奇心をくすぐられながら、自分の好き勝手に楽しめばいいのだ。

そしてこの「好き勝手に楽しむ」というのは、なんの事情も知らない素人の特権なのである。詳しい事情を知ってしまったら、色々と配慮したり忖度したり顔色伺ったりして我慢を強いられたり、自分の経験からできない理由を探してしまったりして、結局どこにも行けずに予定調和で終わってしまうものだ。だからこそ地域づくりには「そともの、わかもの、ばかもの」が求められているわけだし、素人だからこそ、ニワカだからこそ、突拍子もないアイデアで緊張をほぐしたり、炎上しながらも、プロすら想定し得ないような高みに(もしかしたら)登れる可能性だって持ってしまうのだ。

けれど、もう一度この厳しい現実にたち返れば、どこかの現場に根ざした人が本当に観光客であり続けられるかというと、そういうわけにもいかない。結局、現場においてぼくらは村人にしかなれない。

ただ、困難な環境に身を置く村人でありながら「観光客感」を持つことはできるし、それが大事な鍵なのではないかとも思う。まんま観光客なのではなく、村人なのに、中の人なのに、そのような「そともの」の感性を持ち、それを不謹慎なまでに楽むことができる。ぼくはそういう心の態度こそを「クリエイティブ」というのだと思う。課題のなかで、その辛い現実の「どこにも行けなさ」を客観視し、それに縛られることなく、観光客的目線で、課題の外部から光を当てられる。一言で言えば「課題を楽しむ」ということ。

もちろん、正面突破しようとしたら課題は楽しめない。楽しんじゃいけない空気もある。楽しむ余裕すらない。基本はそうだろう。けれどそうなったらやっぱり辛いし、どこにも行けなくなってしまう。だから一旦外に「迂回」して楽しもうとするのだし、生きるためにこそ迂回して楽しむ術を考えるのだとぼくは思っている。だからつまり、困難な場所において楽しむ場所を作り続けることは現実に対する批評的な行為なのだ。

そしてこの「迂回」こそ、困難さの外部へたどり着くルートになる。それは異文化に接することだったり、アートや文学に触れることだったり、思い切り昔の人たちの声を聞くことだったり、反対に思い切りハイなコンテキストを外してただ酒を飲んでみたり、なんの事情も知らない若者たちと課題を共有してみたりすることだったりする。

そしてそのように現場と哲学、外部を往還し、それでもなお現場から声を発すること。困難な場所に必要なのはそういう行為だと思うし、そしてそのうえで、辛い現実のなかですくい取られることなく消えてしまう現場の言葉を拾い上げ、「現場の哲学」として練り上げていくようなことができたら、それはこの絶望の現場(ローカル)のなかで一筋の希望の光になるのでは(そしてそれは『新復興論』の続編になるのでは?)と強く思っているのだが、どうだろう。


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