小松 理虔

地域活動家、ライター。活動領域は食、観光、福祉、アート、まちづくり界隈。単著『新復興論…

小松 理虔

地域活動家、ライター。活動領域は食、観光、福祉、アート、まちづくり界隈。単著『新復興論』が第18回大佛次郎論壇賞を受賞。いわきの地域包括ケア「igoku」でグッドデザイン金賞。『新地方論』『地方を生きる』などローカルライフに関する書籍も。

最近の記事

「全人的」の「分人的」な、かかわりしろ

いとちプロジェクトがどのようなプロジェクトなのかを知るための補助線として、当事者として関わっている私、小松理虔の立場から、ここ最近つらつらと考えていることを言語化しておこうと思う。(全く同じ記事を、いとちのウェブサイトにも掲載しています) このテキストは私が普段考えていることが分厚い下敷きになっているから、初見の人には若干伝わりにくい内容があるかもしれないけれど、全部まとめて振り返ると本が1冊書けてしまうかもしれないので、ここでは一旦棚に上げておき、早速書き始めていくことに

    • 老いた若僧

      明日で44歳になる。これまでの人生で「○○歳の自分」みたいなものを想像、想定することがなかったためか、想像通りにきたぞとか、いや想像と違ったなとかいう感慨もなく、誕生日特有の高揚感のようなものもなく、身体が前よりも圧倒的にだらしなくなったなとか、この疲れ、抜けることなくますます老いていくんだろうなとか、あるのは粛々と受け止めるべき現実と身体の痛みばかり。まだ老いを感じるなんて早いですよとか、リケンさんそんなんでは困りますよとか言いたい人もいるかもしれないからあらかじめ書いてお

      • ヘキレキ舎でインターン募集してます

        皆さんこんにちは、ヒゲを伸ばしまくっている小松です。ぼくが代表を務める(といっても単なる個人事業主の事務所ですが)ヘキレキ舎で、二人目のインターン募集しようかと思っているのですが、興味のある人はいませんか? という事実上の募集開始の連絡です。 コミュニティデザイン、編集や取材、執筆、写真撮影、取材のコーディネート、イベントの企画や運営など、幅広いスキルが学べる職場です。ただ単にミッションをこなすだけではなく、「自分のやりたいこと」と重ね合わせてマイプロジェクト的に仕事を組み

        • 備忘録0201

          人知れず朝日新聞のパブリックエディターを3年近く務めてきて、朝日新聞をはじめいろいろなメディアを毎日のように斜め読みしてきたわけだけれど、改めてネットとジャーナリズムの相性の「悪さ」のほうが浮かび上がる3年だったなあと振り返っている。 元々報道というのは「儲からない」ものだった。ぼくがテレビ局の記者をしているころは、営業がコマーシャルの枠をとにかく売って、それで稼いだ金で報道を支えるという基本的な構造があった。記者たちは、視聴率というものを頭の片隅におきつつも、事実を伝える

        「全人的」の「分人的」な、かかわりしろ

          備忘録0130

          今月21日。龍谷大学校友会の主催で開催された「煩悩とクリエイティビティ」に参加。親鸞研究者の井上見淳先生にナビゲートしてもらいながら、だれもがそうとは知らずに持っている「無知のクリエイティビティ」があるのでは、みたいなテーマで対話した。 この備忘録にも過去に書いているように、専門的な教育を受けていなくてもむちゃくちゃおもしろい作品を作ってしまう人がいたり、そうとは知らずにケア的な空間を成す一部になってしまったり、自分のふとした悩みやコンプレックスが、どこかに社会と通ずる点に

          備忘録0130

          備忘録「普通のケア」と漂流

          今読んでいる西川勝さんの『ためらいの看護』のなかに、「普通のケア」という言葉が出てくる。特別なこと、高度なことはなにもしない。みんなで声をかける、どうぞこちらへと着座をうながす、お茶を出す、一緒に外を眺める。そんな、なんのことはない「ケアのかけら」が複数の人によって「つぎはぎ」されるとき、「普通のケア」が立ち現れるのだと西川先生はいう。西川先生はそれを「パッチングケア」と呼んでいる。 普通のケアは、あまりにも普通すぎて「サービス」とはいえない。対価をもらって体験を提供するわ

          備忘録「普通のケア」と漂流

          備忘録0109

          今日は絶対にこれをしないようにしようと心に誓ったことが、夜にはもう破綻している、なんてことがしばしばある。四十を超えて自覚するのはとても恥ずかしいが、やはりどうも自分には多動的・衝動的な一面があり、Aのことを考えていても、Bを考え始めるとAを失念してしまう、ということがよく起こるのだ。 最近も、朝方に小学校の用意をロクにしようとしない娘を怒鳴ってしまい、これではもうダメだ、心を入れ替えねばと思っていても、またその日の夜には「何をやってんだ」と声を荒げてしまい自己嫌悪に陥る、

          備忘録0109

          備忘録0107

          唐突にnoteを再開した。なにかバズらせたい文章があるわけでも、ひけらかしたいアイデアがあるわけでもない。こうでもしておかないと書くことが見つからない、いや、書くべきことを忘れてしまうからだ。書くべきことはいくらでもあったはずだ。それなのに、次の日になるとすっかり忘れているということが続いている。自分の脳内で言葉にはなっても、文章にはなり切れていない。そういうものを書き込めておきたい。唐突に、そう考えた。 今日から、臨床哲学者の西川勝さんの本、『ためらいの看護』(増補版)を

          備忘録0107

          オープン・ジャーナリズムの話

          備忘録なので大したこと書いてないんだけど、 深刻な課題をメディアで取り上げようというとき、メディアは「当事者」の声と「専門家」の声を伝える。当事者の苦しみや怒り、課題の重さを広く伝えようとするのだから当然だ。課題をいかに克服すればいいのかを専門家に聞くのもよくわかる。だから、だいたい新聞もテレビもそういう構成になってる。ぼくもかつて報道記者だったので、普通に考えたらそう作る。 けれど、原発事故後の福島に住み続け、ここ数年、障害福祉に関わるようになって、こんなことを考えるよ

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          福祉はおいしい

          先日、浜松市のNPO法人「クリエイティブサポートレッツ」のイベントにスピーカーとして参加してきた。パソコンのファイルを整理しているときにふとその日のプレゼン資料を見返すことになり、ううむ、これは福祉に関わりのない人たちや、専門性のない人たちにも読まれるべきでは? と思い至り、それで、備忘録的に書きとどめておくことにした。本稿は、そのイベントでぼくが行ったプレゼンの内容をまとめたものだ。 レッツは、世間的には障害福祉のNPO法人である。けれど、中身はもう少し謎というかなんとい

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          移住するなら福島へ、という話の続き

          つい先日、福島県の移住促進のイベントに参加して、1時間ほど移住に関する話をしてきた。テーマは「ゆる移住」。ぼくのリアルなUターン話と、Uターン直後の生活で感じたこと、今の活動についてなどを「移住の心構え」みたいな感じにリパッケージして話をさせてもらったのだが、 ものすごく簡単に要約しちゃうと、「ここ最近めっちゃいい感じのローカル系メディアがたくさん登場しているけれど、そういうのを参考にすればするほど、夢も広がる一方で、「正しい移住」とか「移住の正解」を自分で決めちゃったりし

          移住するなら福島へ、という話の続き

          11.8 共事をつくる

          noteには日々のレポートをなんて書いておきながら2週間ですっかり坊主になっていた。日々のことを書き綴るにも忍耐力がいるよなあ。仕事でひたすら文章書いているのにプライベートで書く余裕なんてないぜ(じゃあnoteなんてやるなよという話だけれど)。子どもの寝かしつけもあるし。 10月21日の週は、締め切りの近づいている「紙のいごく」のフェス特集号のテキストや、隔月で連載を持っている「ゲンロンβ」のテキスト、さらには、その他もろもろのテキストを書いて仕上げた。広報を手伝っている小

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          10.18 災害と祝祭

          10月12日〜13日未明にかけて東日本を襲った台風19号。いわき市内陸部、北部沿岸が甚大な被害を受けた。夏井川、好間川、大久川などが氾濫し、沿岸の地域を襲った。いわき市内だけで死者8名を数え、10月19日現在、まだ4万世帯近くで断水が続いている。 この週末は大雨が予想されており、被災地には避難指示も出された。復旧復興も始まっているが、とにかく人手が足りていない。被災者の不如意な暮らしが続いている。ぼくの暮らす小名浜地区はなんともなかった。けれど車を30分くらい走らせると景色

          10.18 災害と祝祭

          なかったことにはできない声

          2011年3月16日に撮影した写真である。東京電力福島第一原発が爆発し、携帯に毎日「早く逃げて」と心配の声が届くなか、政治家からは直ちに影響はないと言われ、自治体からは不要な外出は避けてと指示され、しかしそれでも、クソを流すための水を汲みに行かねばならず、食うために、そしてなにかあったら逃げるために、津波で破壊された地元の港を横目に、スーパーとガソスタの前で何時間も並ばなければならなかった。 そういう大混乱のさなかぼくが「ピース」をしているのは一言で言えば虚勢であろう。不安

          なかったことにはできない声

          ツイッターは休止する、ほか

          ここのところツイッターきついな、かといってフェイスブックもオープンだしリアルな人間関係もある。とはいえそれに鍵をかけたらブログと変わらない。じゃまあ、noteかな、ということで再度こちらに戻ってきたところである。お久しぶりです。 ツイッターというのは、議論すればするほど、相手を論破したいと思えば思うほど、自分の陣営を忖度すればするほど分断が深くなるもので、自説を広く開陳しているようで、実は同時にその分断の傷を深くもしていて、しかもそのプロセスが可視化されているので実に厄介な

          ツイッターは休止する、ほか

          絶望を「楽しむ」こと、その批評性

          2009年に地元である福島県いわき市に戻り、結婚をし、家を建て、子どもも生まれ、サラリーマンを辞め、独立して5年目に入る。39歳。自分の手がけたものを少しずつ評価してもらえるようになったのは、社会に評価されてきたという以上に、「地方暮らし」や「ローカル」といった言葉がメディアで使われるようになったおかげである。 地方自治体がこぞってUIターンをもてはやし、地方のシティセールスやPRが大手のメディアでも取り上げられるようになり、地元福島県も「震災復興」の名のもとに様々な情報発

          絶望を「楽しむ」こと、その批評性