「幻想学園」第1話

 東海県某所の山あいにある公立高校。入学式の後、満開の桜の木が並ぶ校庭でハンカチを落とし、そのまま歩みを進める腰まである長い白髪の女生徒【藻野前タマ】。
 落ちたハンカチを拾った黒髪の男生徒【黒瀬竜二】はタマに声をかける。
黒瀬「あの、ハンカチ落としましたよ」
黒瀬心の声〈白髪? ストレスかな?〉
 振り返ったタマにニコッと笑って拾ったハンカチを差し出す黒瀬にタマは頬を赤く染め目を見開いた。

 発表されたクラスへ移動して黒板に書かれていた真ん中最後方の席へ着く黒瀬。
黒瀬心の声〈今日から高校生活スタートだ。楽しい高校ライフを送れたらいいなー〉
 あまり周りを注視していなかったけど黒瀬は右隣の席に誰かが座ったのには気が付いて視線を向けるとタマだった。
黒瀬心の声〈さっきの女の子だ。真っ白な髪で変わっているけど凄く可愛い子だな。こんな子が隣の席なんてラッキーかもしれない〉
 黒瀬の視線に気付いたタマは黒瀬へ顔を向けてニコッと微笑む。
 目が合って恥ずかしさのあまり黒瀬は咄嗟に顔を背けて自分の机を見つめる。
黒瀬心の声〈ハンカチを拾ったのが好印象だったのか!? もしかして薔薇色の高校ライフがもう始まっちゃってる?〉
 黒瀬が机を見つめたまま悶々としているとスタイル抜群でスーツ姿の黒髪ロングの綺麗な女性教師【伊邪那美命】が教室へ入ってきて教壇に立つ。
命「はい、静かにして注目ー!」
 命は黒板へ体を向けて着席表を消し、自身の名前を書いて生徒達の方へ向き直る。
命「一年間君達の担任をする伊邪那美命だ。私は給料以上の事はしたくないからくれぐれも問題を起こさないように」
黒瀬心の声〈美人な先生だけど、ハッキリ言う辺り性格がキツそうだ〉
 命は前方ドア側の一番前の席を指さす。
命「では、そこから後ろへ順に立って自己紹介をしていって貰おうか。一番後ろまでいったら次の列の前の奴という感じで頼む」
 立って自己紹介をする生徒へ注目が集まる。自己紹介が進むに連れて黒瀬は違和感を覚える。
黒瀬心の声〈ちょいちょい横文字っぽい名前の人が居る……キラキラネームってやつか? それによく見てみると奇抜な髪色の奴らが居るな。もしかしてヤンキーが集められた学校とかクラスじゃないだろうな?〉
 自己紹介は進みタマの順番がやってきて、タマが立ち上がるとヒソヒソと話す声が聞こえてくる。
生徒A「綺麗な子……」
生徒B「凄く可愛い……どこの子かな」
 注目されて緊張するタマは引き攣った笑顔で自己紹介をする。
タマ「藻野前タマです。えっと……好きな物は油揚げと甘い物です。よろしくお願いします」
 自己紹介を終えて着席したタマはフゥーと息を吐いて小さくガッツポーズをし、小声で独り言を口にした。
タマ「噛まずに言えた。タマ偉いぞ」
 その様子を黒瀬は横目で見ていていた。
黒瀬心の声〈藻野前タマっていうのか、変わった苗字だな。それにしてもやっぱりめっちゃ可愛い〉
 そうこうしている内に黒瀬の番がくる。
 立ち上がった黒瀬に注目が集まるが何人かは見る目が違う。
黒瀬「黒瀬竜二です。普段は漫画読んだりゲームしてたりします。運動とかも嫌いじゃないです。よろしくお願いします」
 自己紹介を終えた黒瀬は着席して一息ついて残りの自己紹介をぼーっと眺めた。
 全員の自己紹介が終わると命がプリントを配り、行き渡ったところで説明を始める。
命「この学校は全寮制というのはみんな知っていると思う」
黒瀬心の声〈え?そんなの知らないんだけど〉
命「部屋は二人一組の相部屋。各自に渡したプリントに部屋割りが記載されている」
 黒瀬はプリントの部屋割りを見ると自分が一人なのに気が付いて手を上げて質問した。
黒瀬「すいません。俺、一人なんですけど」
命「その件についてはこれから説明する」
黒瀬「は、はぁ……」
命「この学校の生徒は黒瀬以外全員女子だ」
黒瀬「何故に!?」
命「校長が女好きだからだ」
黒瀬心の声〈えぇえええっ!?〉
命「男が一人しかいないという理由だけで黒瀬が一人部屋なのはではない。もう気付いている者もいるようだが……黒瀬は人間だ。人間である黒瀬を一人部屋にする事で少しでも不公平さをなくそうという計らいなのだ」
黒瀬「すいません、言っている意味がわかりません。俺が人間って、みんな人間じゃないですか」
命「黒瀬、親から何も聞いていないのか?」
黒瀬「はい。特に何も……」
命「この学校は日本で唯一の人ならざる者が人間社会に馴染む為に勉強する場所だ」
黒瀬「人ならざる者?」
命「わかりやすく言うなら、【神話】【都市伝説の怪異】【妖怪】【幽霊】等、漫画やゲームで出てくるような人間ではない存在だ」
黒瀬「へ? って事はクラスのみんなだけじゃなくて、他のクラスや上級生、先生も人間じゃない?」
命「そう言っているつもりだが?」
 冗談だと思った黒瀬は笑いながら言葉を返す。
黒瀬「またまた〜、俺をからかっているんでしょ? みんな比べて俺の見た目が冴えないからって、無理に目立たせようとしないで下さいよ〜」
 笑って返す黒瀬に言葉を発さずジッと見つめて返す命。
黒瀬「あれ? え? ホントに? からかってない?」
 笑いが引き攣りだした黒瀬の問いに命は首を小さく縦に二回振って応えた。
黒瀬「だって、みんな人間の姿をしているじゃないですか!俺は騙されませんよ? きっとみんなで俺をからかって遊んでるんだ!」
命「今日の放課後の予定だったが仕方あるまい。完全人化している者は人化を緩めていいぞ。こうでもしないと黒瀬が信じないからな」
 命が許可を出すと人化をしている生徒はそれぞれ人化を緩めて各々の特徴である尻尾や耳、羽や皮膚などを体に表す。隣のタマの頭にも白い獣耳が生えていた。
 それを目にした黒瀬は腰を抜かし、椅子に上手く着地出来ず床に尻もちをついて焦りの表情を浮かべる。
黒瀬「う、嘘だろ……」
命「事実だ。驚くのも腰を抜かすのも構わないが、これだけは覚えておいて欲しい」
黒瀬「え……」
命「彼女らは人間と共存する為に学びに来ているのだ」
黒瀬「学びって、俺は人間だから関係ないじゃないですか」
命「関係はある。君は生徒であり先生だ。人間とはどんな生活しているのか、どういう事が普通の人間なのかを彼女達に教えてやって欲しい。私達教師でも気付かない事やわからない事もあるからな」
黒瀬「そ、そんな無茶な」
命「自主退学するなら止めんが、タダで学校をされると思うなよ。そこをよく考えるといい」
 命が黒瀬へ言葉を投げた後、丁度チャイムが鳴る。
命「時間が掛かったな。まぁいい、今日はこれまで。各自寮に帰り荷物の整理をするなり敷地内を見て回るなり好きにしろ。だが、くれぐれも敷地の外には出ないように。以上だ」
 言う事だけ言ってそそくさと命は教室を出て行った。
黒瀬「マジかよ……やっとの思いで一校受かったってのに……」
黒瀬心の声〈って、腰を抜かしてる場合じゃない!〉
 勢いよく立ち上がった黒瀬は命の後を追って走って教室を出た。
 黒瀬の教室は東西南北に五十メートルも伸びる変わった形の校舎の東棟一階奥。命とその後を追う黒瀬が向かうは南棟一階の職員室。
 命が教室を後にして一分経たずして黒瀬が後を追って教室を出たのに命はすでに南棟への廊下へ差し掛かっていた。
黒瀬「早っ! どんだけ早く帰りたいんだよ……」
 必死に追う黒瀬が命に追いついた時には職員室で命が鞄に荷物を詰め終わったところだった。
黒瀬「伊邪那美先生!」
命「ん? 黒瀬か。そんなに息を切らせてどうかしたか?」
黒瀬「あの、色々と聞きたい事がありまして」
命「私はもう帰るところだ。明日以降にしろ」
 構わず帰ろうとする命の腕にしがみついて懇願する黒瀬。
黒瀬「ちょっと待って下さいよー! 明日以降とか悠長な事言わないで今すぐでお願いしますよー!」
命「ええーい、鬱陶しい!」
 黒瀬を振り払った命は溜め息を一つ零して親指を立てた手で示す。
命「はぁ……残業代の交渉するか。ついてこい黒瀬。質問はそこで聞いてやる」
黒瀬「は、はあ……」
 疑問を抱きつつ命についていき到着したのは校長室の前。
黒瀬「校長室?」
命「お前の婆さんと校長は親友だ。私の知らん事も校長が答えてくれるだろう」
 ドアをノックして校長室へ入る命とその後に続く黒瀬。
命「失礼します。黒瀬竜二が聞きたい事があると言うのでつれてきました」
黒瀬「し、失礼します……え?」
 黒瀬は立派な机につき、黒革張りの椅子に背を任せている人物の姿に少し驚いた。
黒瀬「この人……いや、このチンチクリンが校長?」
 フリル付きのピンクのドレス、金髪ロングの縦ロールの赤い瞳の校長【冥王閻魔】はどう見ても小学校低学年くらいの少女。
閻魔「チンチクリンとは失礼じゃのぅ、小僧」
黒瀬「え、あ、すんません」
閻魔「まぁ良い。して、聞きたい事とは何じゃ?」
 黒瀬へ問いかける閻魔との間に割って入る命。
命「その前に残業代を申請したいのですが」
閻魔「ふむ、良かろう」
命「ありがとうございます」
 閻魔へ一礼した命は閻魔の机の横に移動して黒瀬へ体を向ける。
命「残業代が貰えるから幾らでも質問していいぞ、黒瀬」
黒瀬「残業代貰えなかったら質問しちゃダメなの!?」
命「そりゃそうだろ。そんな事はいいからさっさと質問しろ」
黒瀬「……では……。何でファンタジー的な人?達が通う学校なのに人間の俺が入学出来たんですか?しかも俺以外みんな女子なのに」
閻魔「お主に適性があったからじゃ。男なのは遺憾じゃがのぅ」
黒瀬「適性?」
命「そこは私が答えよう」
 黒瀬は視線を名乗りを上げた命へ向ける。
命「女ばかりなのは教室で言った通りこのチンチクリンの校長が女好きだからだ」
閻魔「お主まで妾をチンチクリン呼ばわりか!」
命「入学に関してはお前とは違う内容になるが、女達にもちゃんと入試試験を受けて貰っている」
黒瀬「俺とは違う内容? 人間の女の子もですか?」
命「人間は男も女も同じだ」
黒瀬「それなら人間が俺だけっておかしくないですか?何校も受けてここだけしか受からなかった俺が居るなら他の人間も合格出来ていたでしょ」
命「ハッキリ言うと筆記試験はそこまで重要じゃない。一般常識さえあればな」
黒瀬「じゃあ、合否の基準って……」
命「身辺と人柄、これから言う適性だ」
黒瀬「それって?」
命「身辺と人柄は合否発表までの間に人間の受験者全員を隅から隅まで調査させてもらった」
黒瀬「隅から隅まで……?」
命「お前の調査結果は異性との交際経験は皆無で年齢とイコール。性欲を捨てた修行僧という声もあった」
黒瀬「誰が修行僧だ!」
命「学問は真ん中より少し下。世話焼きで面倒見が良く、モテはしないが人間関係は良好」
黒瀬「モテないとか大きなお世話!」
命「それらに加え、類稀なる適性の持ち主。その適性とは人ならざる者が好む匂いを出す体質」
黒瀬「なにそれ!?」
命「生物の中でも種を残す為に捕食されるように匂いなどを出すものも居るだろ? それと同じだ」
 命は花にとまる蜂や他の生物を宿にする寄生虫を想像する。
黒瀬「例えが嫌っ!」
命「と、まぁこんなところだ。他に質問は?」
黒瀬「じゃ、最後に……自主退学してもいいって言ってましたけど本当にしてもいいんですか?」
命「そこは校長に答えて貰おう」
閻魔「候補は幾らか居るから構わん。じゃが、機密保持の為に退学する際は入試不合格者と同じ処置をさせて貰うがのぅ」
黒瀬「処置?」
閻魔「なーに簡単な事じゃ。記憶操作じゃよ。この学校に関する記憶を消させてもらう。我が校は人ならざる者が人間社会で上手く生活する為の学びを得る学校で政府が関与する機関じゃからのぅ」
黒瀬「それだけで済むんですか?」
黒瀬の反応に命が口を挟む。
命「お前の体がもてばいいがな」
黒瀬「え?」
命「記憶消去の方法は二種類。記憶が無くなるまでしこたま頭を殴るか脳にレーザーみたいなものを照射する。大抵はどちらも学校以外の記憶が無くなったり、廃人になったりするがな」
 提示された方法を想像してゾッとする黒瀬。
黒瀬「怖っ! ちょっとした事件じゃん!」
命「で? どうする? 自主退学するか?」
 命が黒瀬へ問うと同時に、命と閻魔はトゲトゲが付いた金棒をどこからともなく出した。
 それを見た黒瀬は体を直角に曲げて頭を下げた。
黒瀬「自主退学なんて滅相もございません! 喜んで学校生活させていただきます!」
 黒瀬の答えに金棒を片手に寄ってきた命と閻魔。命は肩を組み、背の届かない閻魔は空いている方の手で黒瀬の腕をポンポンと叩き、二人ともニコニコする。
閻魔「流石、あやつの孫! 良い返事じゃ!」
命「ま、これからよろしく頼むわ」
黒瀬「は、ははは……」
 苦笑いを浮かべる黒瀬。
黒瀬心の声〈エラいとこに来ちまった……〉

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