見出し画像

死生観余話

暑い! 死にそう! との声が巷に満ちています。でも、そういう人は大抵大丈夫なことが多いと思います。ただ、静かな方はかえって危ないことがあるので、ちょっと気に掛けるようにしたいものですね。

さて、……

先日私の死生観を披瀝した。

実は、この中には半分抜けている箇所がある。生まれてくる部分については、何の説明もなされていない。

輪廻は生まれ変わりを肯定する以上、善悪それぞれの世界に行った魂が、いずれもこの世に戻ってこなければならない。それはどういう仕組みなのだろうか。

もし自然に任せてしまうとそこで滞留してしまう。仮に死んで行く先の方が本拠だとすると、本拠からわざわざ引き戻す力が発生しない限り、生まれ変わりも発生しない。

この引き戻す力について、安易に「神のご意志」と説明してしまうのはどうかと思っている。確かに簡単なのだけど、このような絶対者を軽々に認めると別の点で辛くなる。

というのは、意志だと言うからには、目的を問われることになる。「何のために生まれ変わらせているの?」という当然の問いに対する解が見出せない。

実は、輪廻を否定する視点に立ったとしても、やはり引っかかる部分は出てくる。というのは、輪廻を否定すると魂を作ったのは他ならぬ神であり、生まれる前から天国行きの魂と地獄行きの魂は神により決定されていると考えざるを得なくなるからである。

全能者だからこそ当然その魂がどういう性質かを把握し、行く先まで決められることになる。こうなると、この世で善行をしても意味がないことになってしまう。実は死なないと分からないのだけど、自分は天国行きに選ばれるという心の支えを持つために善行をするらしい。

ぶっちゃけ、全能者が邪悪な魂を作り、片道切符で放り出すのってどうよ? という気にはなる。

おそらく水の循環のような仕組みがあって、それに乗って人はぐるぐると生まれ変わっていくのだろうとは思うのだけど、その詳細は私にも分からず、説明できない。

この他にももっと根源的な課題はある。というのは、既に世界人口は77億人を超えているからだ。

推計ではあるものの紀元0年には人類が3億人しかいなかったとされる。そうすると、この莫大な魂が今までどこでどうなっていたのかについても理屈づけが必要になる。

まさに有史以来この種の疑問について幾多の人が考えてきたのだけど、結論は出ていないようだ。もし出ていれば、我々もそれを聞かされているだろうから。

ここから先は

127字

¥ 110

読んで頂いただけでも十分嬉しいです。サポートまで頂けたなら、それを資料入手等に充て、更に精進致します。今後ともよろしくお願い申し上げます。