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小学生の恋愛感から学ぶ。~人生の選択方法と挑戦する事~

小学校からの30年来の友人には、9歳になる女の子がいる。
昔からいつも、その友人ともう1人と3人で連むのが好きだった。

9歳にもなると、女の子はもうとにかく良く喋る。
特にませているのか、こんなものなのかは自分が通ってきた道でもよく分からない。

私ともう1人には子供はいない。
だから、他の子供と比べるということもない…。

喋っている内容は、
学校でのお友達や先生、勉強のこと。
家でのママやパパの話し。
最近好きなキャラクターやゲームの話し。
大した話しではないのだが、それなりに話しが膨らむ事と、中々面白いことを言うので、見習いたいと思うこともある。

そんな中で、最近の彼女のブームは恋バナ。
特に『好きなタイプ』を聞き、話すことだ。
まあ『ガールズトーク』『恋バナ』と、いくつになっても女子、女性の間では盛り上がる。
同じ話題を私達だって30年前からずっと今でも、確かにしている。

先日、突然『好きなタイプ』聞いてきたので大人として、小学生向けの答えをしてみた。

ちなみに私の思う、小学生向けの答えとは…
『優しい人』『お勉強が出来る人』『ちょっとスポーツも出来た方が良いな』だった。
我ながら可もなく不可もなくだが、恋愛に限らず意外とどんなことでも、理想を三拍子揃えるのは難しいと私は思っている。

だがこのお子様、これでは納得がいかなかったらしい。

じゃあ、なんて答えたら………
………?

そもそも、私の好きなタイプって??

過去を振り返ってみると、私の好きなタイプにはどうやら統一性がないようだ。
『その時好きになった人がタイプ』なんて、言う人も時々いるが…
うーん…それともちょっと違う…。
第一印象で『苦手なタイプ』と思った人を好きになったことは一度もない。

悩んでいる間に、子供の話しなんてどんどん変わっていく。
だが、私には悩みが残った…。

『今つき合っている人の好きなところ』なら言えても、『好きなタイプ』を何の例えもなく表現するのは難しい。

私に大切なのは『雰囲気』だと思う。

一緒にいても『違和感』がない人。
『性格』『仕草』『声』『匂い』『身長』『趣味』…。

今まで振り返ってみて「私のどこが好き?」と聞いたことはたぶん、ない。
もしかしたら酔った弾みで1、2度位はあるのかもしれないが、
印象に残るほどの聞き方も、答えも、
していないし、されていないのだろう。
聞いたところでたぶん、具体的に『ここが好き』なんて言われることもないと思う。

それをお子様が理解するまでには、何人の男性と出会うのか…と言う、30代の『ガールズ?トーク』を3人で繰り広げた。
しかし、ずっと一緒にいて実感があまりなかったが、お互いがそれなりに年齢を重ねた答えを出したことに、安心したりガッカリしたり複雑だ…。

キャピキャピ(死語…)好きなタイプを放課後、毎日のように話していたあの頃は、全く何の疑いもなく毎日が『大好き~』だった。
相手の『重い』とか『負担』なんて考えないし、相手に対しても感じたこともなかった。
だから、どちらかの『好き』が消えると、すぐに『さよなら』だった。

今は『気遣う』事を覚えた。
一緒に遊んでいても、なぜか突然敬語を使われていたり、あっ私いま気を使ってるなぁ…と思うときがある。
その分、一緒にいる時間は昔に比べて『穏やか』になっている気がする。
一緒にいる事に、勢いがいらなくなった気がする。

ちなみにそのお子様が好きなタイプは、

・ルックスは『身長が自分より高くて』『ちょっと前のキスマイの玉森君』。
・性格は『男らしい人』『動物が好きな人』『どんなことをしても怒らない人』。
・なるべくなら『公務員』か『地元の大手企業勤務』希望。
・一人っ子なので『婿』に来てくれる人。
ママにご飯は作ってもらうから、家を出る気はないらしい。

こんな人とは40年近く生きていても、交際どころか、お会いしたこともないと『先輩』として教えてさしあげたい。

だいたい、ルックスは玉森君をもってしても『ちょっと前』であって、現在はダメなのだ。髪型らしい…。
『身長』は成長期でクリアするとして、怒らないも『どんなことも』となると、それはそれでやや不安が残る。
田舎なので、小学生の思う『地元の大手企業』に関しては??が残るが、公務員に関しては一同納得。

友人の子供なので微笑ましいが、親の身の友人としては『そんな人が婿に来たら気を使い通しだ』と言っている。
しかも、ずっとご飯を作ってもらうと宣言している訳だから…さすがだ。

しかしこの恋愛感は、どうやって培ったのだろう。
当然まだまだ子供だが、妙にしっかりしていると思ってしまうところもある。


だが、誰もが恋愛に限らず子供のうちは『初めて知る事』や『未来』に沢山の希望を持っていた。
その条件を徐々に削除して、最終的に何を『重要視』するかが大切になってくる。
これを見誤ると、とんでもないことになる。
新しい物を取り入れ、その先に『希望』を持つことは年齢は関係のない事なのかもしれない。
子供と違うのは、失敗したときのリスクが高く、責任も自分でとるしかない。
だから臆病になり、だんだん安全な道だけを行きたくなる。
しかし大切なのは、その挑戦の過程の中で『どこで、どう折り合いをつけるか』かもしれない。

若い頃のように『当たって砕ける挑戦』や『捨て身の恋愛』は中々出来ないが、何でも『適度』になら希望を持って挑むことも悪くないなぁ…と小学生の話しを聞いていて、思う日だった。

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