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いただきます。 《短編小説》

【文字数:1,600文字 = 本編 1,200 + あとがき 400】


 1時限目を終えた大学の食堂は、続く2限を取っていない学生たちの避難所になっていた。

 ある者は弁当を広げ、またある者はコンビニパンの袋を開ける。普通の店と違って注文せずとも追い出される心配がなく、券売機の前を素通りする学生も数多い。

 そのうちの1人に紛れることの多い私は、あいにくバイト先の売れ残り弁当にありつけず、なけなしの日本銀行券でもって大学食堂券を買い求めた。

 うなぎ屋における松竹梅のように価格帯は3つに分かれているけれど、空腹と自尊心の2つを満たしてくれる定食には手が届かない。ボタンは押せても勇気がないだけで、たまに付き合いで注文する用に今はまだ取っておく。

 肩肘はらない1品料理は人気があり、美味くも不味くもないラーメンは月に1回くらいで食べたくなる。次点は海鮮丼だけれども、最近バイト先の新商品で同じものが出てから魅力を感じなくなった。

 最後に残った小鉢やサイドメニューのうち、後者の6品を見つめて考える。お財布に優しい代わりに夜まではもたないが、それを女子学生はダイエットメニューと呼んでいるらしい。

 体のことを気にしているというより気にされる年頃なので、勇気と打算の2つを味方にしてダイエットサイドメニューを選ぶ。

 ライスセット250円のボタンを押すと、けだるげな機械音をさせた券売機が、ワンテンポ遅れで長方形の紙を吐き出した。

 取り出し口から食券を取る前に釣銭のレバーをひねり、残金と一緒に回収する。銀色をした4枚の硬貨を財布に戻してから、厨房前のカウンターに足を運んだ。

 注文した後は受け取るだけのシステムではないから、カウンターを挟んで厨房側に立つ眼鏡の女性に券を渡す。

 おにぎり2つに味噌汁がついたものだし、ほぼ待たずに受け取れると思っていたら、女性は9~10時までかかると渋い顔をする。

 1限目の始まる前ならともかく、終わった後だと夜になってしまうから、それなら帰りますと答えた。

 そういえばマスクをしていなかったと思い出し、首に巻いていたグレーのマフラーをずり上げ、なぜそんなにかかるのかと訊ねる。

 しかし明確な回答がないまま女性は厨房に引っこみ、私は窓の外を見た。明るい陽射しが差しこんでおり、さすがに夜まで待つ気にはならない。


 気がつくと小学校らしき教室にいて、机と机を横にくっつけ、前は少しだけ開けたものが並んでいる。班やグループとして作られるそれは、どうやら給食の時間ということらしい。

 かためられた机の1つが空いているのは私のためらしく、他の席に座る子どもたちが「早く座りなよ」とでも言いたげに私を見上げている。机も小さければ椅子も同じで、子どもたちにいたっては小学生よりも幼く見える。

 どう考えても場違いだったから空腹による幻覚かと思いつつ、床の木目から視線を上げると、教室前方には教壇そして黒板があった。教師もしくは担任の姿はない。

 それでも私は礼をした。いただきます、という意味だったのか分からないけれど。




 元日もしくは翌2日に見る夢を初夢と呼ぶそうですが、そのときの夢を元にしました。

 富士やたか、茄子が出てきませんし吉兆ではない気がしつつ、食事に困らない的な意味なのかもしれません。

 小学生のときに好きだった給食の献立を思い出してみると、まっさきに「黒パン」が浮かびました。胚芽入りの健康食というわけではなく、白いコッペパンを黒砂糖で味つけしたものです。

 牛乳と一緒に食べると美味しくて、余っても袋入りで保存ができるため、もらっておやつにしていた覚えがあります。

 他のものだと「ワカメとキュウリの酢の物」が好きでした。クラスメイトが嫌がって残すのを横目にフードファイターをしていましたが、甘酢で美味しいのにと不思議でした。

 もちろんカレーや魚のフライなども好みましたが、そうしたものは他のフードファイターとの奪い合いになるので、不人気メニューのほうが無双できて楽しかったなと。

 もしよければ好きだった献立を教えてくださいますと、夢の中の子どもたちも喜ぶと思います。


なかまに なりたそうに こちらをみている! なかまにしますか?