「リモートワークにしたいんですけど」

 同期がどんどんリモートワークへシフトしていく中、クライアント自身はかなり早い段階からコロナ対応としてリモートワークを開始していたにも関わらず、わたしたちのチームは相変わらず客先に出社を続けていた。
 毎朝そこそこ混んでいる電車に揺られながら、「なんで今日も通勤しているんだろう」と本気で考えていた。仕事終わり、エレベーターで一人になると変なポーズをとってみたりするほど、会社に人は少なかった。

 そんなある日、上司がチームに対して、「コロナのことなど、何か不安があればいつでも連絡してください」と言っていたのを真に受けたわたしは、ミーティング終わりにその上司と二人になったタイミングで、切り出してみた。
「今すぐに、というのは厳しいと思うのですが、来週以降も出社が続くようであれば、リモートワークにしたいんですけど…」
 上司は、「いや、とてもわかるし、俺もそうしたいのは山々なんだよ」と言いながらも、結局は
・わたし一人だけリモートワークへ切り替えるということが難しい(リモートワークでも対応できるような環境作りが必要)
・他のメンバーだってリモートワークをしたいけれど、頑張って出社してくれている
・お客さんの対応、許可待ち
という理由で、やんわり却下された。「俺も色々考えてるし、これからももちろん考えるけど」とは言ってくれたけれど。

 わたしは、「ああ、なんだ、こんなものか」と、ちょっぴりがっかりした。
 リモートワークでも対応できる環境づくりは、お客さんがOKと言いさえすれば移行ができる状態に既になっていたし、みんながリモートワークをしたいなら、みんなでリモートワークをすればいい、とわたしは思っている。
 お客さんとコミュニケーションが取りにくいから出社したいという人もいるし、正直わたしも、何かあったらすぐに質問できる先輩が隣にいてくれる環境から離れるというのは、かなり仕事がしづらくなりそうだな、とは思っていた。

 しかし、コロナは命に関わる問題だ。若くて健康なわたしは、感染したところで大したことないよと言われるかもしれないけれど、仮に無事だとしても、うっかりわたしが出退勤中にウイルスを家に持ち帰ってしまい、それが家族に移ってしまう可能性は大いにある。

 確かに、感染を恐れて出社しないことで職を失ってしまい、経済的に死んでしまう状況にある人たちがたくさんいる。だから、毎朝乗り合わせるたくさんの人たちに対して、わたしはいつも
「彼らもこの状況下で職場へ行かねばならない人たちなんだわ」
と同情と敬意を感じていた。
 ところが、わたしの仕事は、どう考えても家でできる。もちろん、そこで「はいどうぞ、お家で仕事をしてください」と言わないクライアントにも、物を申したいけれど、上司の面子を潰したいわけではないので、そこまではしない(自宅での作業だと、ネットワークのセキュリティが保証されないため、なるべく避けたいというのが理由なので、そこは理解しているのだけれど、他社も同じ問題を抱えながら、しっかり対応をしているのに、と思わずにはいられなかった)。
 が、クライアントに押されっぱなしで、主張を通せない上司やそのさらに上の偉い弊社の方たちに、なんだかがっくし、という感じだった。横柄な態度を取れとはちっとも思わないけれど、ペコペコ顔色を窺っているだけだなんて、ちっとも対等な関係じゃないわ、クライアントはクライアントではなくむしろ「パートナー」であるべきなのではないですか、と言いたかった。

「リモートにしたいって言ったんですけど、ダメっぽいんですよねえ……」
と、やんわり隣の席の先輩に言ってみたら
「わたしも本当にリモートにしたいし、他の人がどうとか気にしなくていいと思う。だってそれは人権だから」
と強く言ってくれた。
 ああ、この人がいるチームでよかった、と思った。さらりと、人権という言葉を発することのできる人が、少なくともわたしの隣にはいたんだなあ、と。

 結局この日の午後、「緊急事態宣言」が翌々日から発令されることが決まった。それに伴い、翌々日からリモートワークへ切り替えることが、わたしたちのチームでも決まった。

 上司に切り出すタイミング、間違えちゃったかしら。まあいいか、わたしは意見するんですっていう事例をとりあえず一つ作ったと思えば。

 そうして、わたしたちもようやく”Stay Home”できるようになった。


※コロナ禍での日常を、ぽつぽつと投稿中です。以下参照。


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