見出し画像

女風体験(13)〜心の癒し〜

タツキさんに求めた癒し

「りんさん、
 女性の魅力たっぷりです」

初めてタツキさんと会った後、
タツキさんがDMでくれた言葉。

「女性 に戻ったのは
 本当に久しぶりでしたし
 涙が出るほど癒されました」

そうやって感謝の気持ちを絞り出した私に
タツキさんが書いてくれたのだ。
それがずっと、心の隅っこで私をほのかに温めてくれていた。
そしてそれが、夫から哀しい言葉を投げられた時、涙に埋もれながら私が縋ったひと言だった。

「タツキさん
 初めて会った時、
 女性の魅力、たっぷりあるって
 言ってくれたんです
 もちろん社交辞令だったかも知れないし
 いい年してこんなこと聞くの
 イタいって知ってるんですけど
 でもお世辞でもいいので
 もしほんの少しでも魅力、
 残ってるなら、
 どんなとこなのか、
 教えてもらえないでしょうか」

重いよね、うざいよね、ばかだよね…
知ってる。
なかなか返信が来ないのは、困っているからだろうな。
ごめんなさい、困らせるつもりはなかったし、重くなるつもりもないのだけど…。
送った直後から後悔した。
ばかだな、なんであんなメッセージ送っちゃったんだろう。
タツキさんが優しいのは私がお客さんだから。
私はタツキさんの時間を買っているだけ。
予約もしていないのに、「買った」時間の中にいるわけでもないのに、こんなの絶対迷惑だ。
タツキさんは、友達でも、まして彼氏でもないのに。

つくづく自分のばかさ加減に嫌気がさして自己嫌悪に陥った。

タツキさんの返信

その時、通知が来た。
タツキさんからだ。

見るのがちょっと怖かった。
あんなに会っている時は優しい人が、そっけないメッセージを送って来ていたらと思うと、ただ一回タップする勇気がなかなか出なかった。

でも…
それでもいいからタツキさんの「声」が読みたいという欲求に、私は勝てなかった。

そして、最初の一行で涙と嗚咽が溢れた。

「まず、
 綺麗だな、というのが第一印象ですね
 スタイルももちろんいいし、
 仕草や恥ずかしがってる姿も
 可愛らしいなと思いましたよ
 だから責めたくなってしまうのかも
 知れません
 最初だけではなく
 もちろん今も思ってますし」

この数行を何回読み返したかわからない。
みんなが寝静まった真夜中、真っ暗な寝室でベッドの上に膝から崩れ落ちて、スマホの青く光る小さな画面を見ながら両手で口を押さえて背中を丸め、声を殺して独り泣いた。

会っている時は口数の少ない人だった。
服を着ていない時はあんまり話すタイミングも無いけれど、お食事した時も、はにかみながら言葉を選んで話して、どちらかと言うと聞き役に回る人だった。
その人が今、文章では饒舌に語りかけてくれている。

そしてタツキさんの言葉はそこでは終わらなかった。

「悲しいこと、あったんですね…
 言いたくないことはいいですが
 聞けることは聞けるので
 なんでも言ってくださいね」

営業かな?とかそういうのは、もうどうでも良かった。
本当は、何があったかなんて言うつもりは無かった。重荷になりたくなかった。迷惑をかけたくなかった。
私たちはセラピストと客。
それ以上でも以下でもない。
そう言い聞かせようとした。
でも、ダメだった…
こんな風に言われて、私はつい、あったことを全て話してしまった。

全て話して…

とても長い文章だった。
書きながら、ああ、今度こそうざいと思われただろうなって思った。
ちょっとお付き合いで優しい顔を向けたら、勘違いして長文送ってきたって思われるかなって思った。
でもこの時の私の心はすでに粉々で、正常な判断はできなくなっていた。

長いメッセージを送ったあと、しばらく返信は無かった。
だよね…私はなんてばかなんだろう…一回で悟りなよ。
イタすぎるでしょ?こんなの…

後悔と反省の中で私は眠った。

そして、朝起きると、
タツキさんから、さらに長いメッセージが返ってきていた。
詳細は書かない。
でもそれは、スクロールしてもスクロールしてもまだずっと続く長い長いメッセージだった。

結婚もしていないし子どももいないタツキさんにとって、とても遠い話だし、想像しにくい内容だったと思う。
それなのに、自分だったら、自分の大切な人がそんな思いをしたら、という前提で一生懸命考えてくれていた。
上っ面をなでるような文章ではなかった。
そして、そうした会話はその後何日も、断続的に続いた。
書いてくれるだけではなくて、これはどうでしたか?というような問いかけもくれて、もうこれでおしまいにしたい、という匂いは全く感じさせない文章だった。

寄り添うということ

哀しいところは一緒に哀しんでくれて、私が傷ついたところは寄り添ってくれた。
一度も誰かを責めたり傷つけたりする表現は無い一方で、私の心を全ての文章が思いやっていて、考えに考えて書いてくれたのが伝わった。

どの文章もどの表現も真剣で心に響いた。1番私が心を動かされたのは、

「そういう風にぶつかり合った時こそ
 話し合うチャンスですよね
 そういう時にしか伝えられないことって
 あると思うんです」

という、ポジティブな捉え方を示して私に前を向かせてくれた文章だった。
哀しみや怒りに支配されて絶望の淵にいた私を引き戻してくれた考え方だった。

心底ありがたかったし、
心底尊敬した。

これがナンバーワンの実力か…

とは思えなかった。
そんなうがった見方をするのはタツキさんに失礼だと感じた。
てらいもあざとさも匂わせも営業も上滑りな表現もテンプレワードも、1つも無かった。

会話に会話を重ねて、少しずつ私の返す文章が短くなって、心が前を向いて、最後に微笑む絵文字が打てるところまで、タツキさんは一緒に歩いてくれた。
救われた。

タツキさんは、基本的に休まず働いている。
いつ見ても予約がいっぱい詰まっていて、そしていつ見ても圧倒的にナンバーワンの実績を保っていた。
自分が食事をする時間も眠る時間もしっかり取れないくらい働いているのに、こんなに私の重い相談に向き合ってくれて、丁寧に応対してくれたのだ。

感謝を込めて幸せを祈る


「私は大金持ちではないし 
 タツキさんに寄り添える立場にもいない
 だからどうやって
 この恩を返したらいいか
 わからないけれど、
 でも、タツキさんが毎日
 元気で幸せに暮らして、
 将来も幸せでいられることを
 心から祈ります」

感謝の気持ちを伝えるので精一杯だった。

「恩だなんてそんな
 一緒に過ごす時間
 楽しんでくれたら
 ぼくはそれが嬉しいですよ
 りんさんが元気になって
 少しでも力になれて
 本当によかった」

タツキさんの灯してくれた心の灯は
今も私を温め続けてくれている。

セラピスト。
そんな呼び方するなんて、と
タツキさんに出会うまでは少し冷めた気持ちにもなっていた。
でも違う。
心も体も真剣に癒してくれる。
まさに、セラピストという存在なんだなって、今は心から思う。

次に会えるまであと2週間。
長いな…
でも楽しみに待つ切ない時間もまた
愛おしいほどに、
私はタツキさんに囚われてしまった。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?