#2 橋口さん

私がコロナ禍で働いていた派遣バイト先で出会った30代くらいの女性。コロナ禍で前職をクビになり、やりたい職も見つからず、とりあえず稼がなければ、となんとなく登録した派遣バイトの初出勤日、たまたまシフトが被っていたことで私に施設の使い方やら仕事の仕方なんかを教えてくれた人だ。明るくてハキハキしているけれど棘はなく、いい意味でテキトーなノリで仕事をしたり接してくれるので、こちらも初めからノンストレスでいられるのが有り難かった。しかし、テキトーと言えども、橋口さんはとても能力があり、気も効くし、頭の回転が速い。

コロナ前、地方移住希望者相談会なるもののサクラの仕事があったそうで、橋口さんはそれに参加した。それは新宿かどこかの会場で行われたもので、会場内には多くのパーテーションが設けられており、その中に移住者を募集する地域の担当者が待ち構えている。そのブースを移住希望の参加者が回転寿司のように順に回っていくというシステムだった。(例えが回転寿司しか出てこなくてすみません。)たしか制限時間が定められており、その時間になると「あ、じゃあこの辺で…ありがとうございました〜…」とお互いなんか気まずい感じで別れを告げ、参加者が次の地域の担当者が待ち受けるブースに向かうのだとか言っていた。
そんな環境下で参加者のサクラをやるバイト。橋口さんは移住など別に興味もない。しかし彼女は「自然のあるところでのんびり暮らしたくて…」とかなんとか言って移住希望者を演じ切った。担当者との会話で何が1番受け答えに困ったか訊ねたところ、「何か質問はありますか?」という質問が1番困ったらしい。しかしそこは彼女の持ち前の頭の回転の速さを繰り出し、「移住者の割合はどれくらいですか?」などと質問してその場を切り抜けたと言う。さすがだ。私なら「夜って寒いですよね?」とかそんなことしか出てこない。しかもその移住者の割合についての質問により、向こうの担当者の方がちょっとアタフタッとして「大体〜…1割いかないくらいですかね…?」とまだあまり移住者がいないことをほんのり隠したそうな感じで答えたのを彼女は見逃さなかった。
また、その時に参加者プレゼントされたボールペンがとても書きやすく、私がある日バイトで書くものを忘れた時に橋口さんが貸してくれたボールペンがそれだった。あまりの書きやすさに思わず「これどこで買ったんですか?」と訊ねたところから、このサクラの話に繋がった。恐らく参加者が全然集まらなかったとかの理由で募集がかかったのだろう。全く移住する気などないのにサクラとして参加している不純な背景がバレないよう、移住希望者として地方担当者と適当に話を合わせている時間はなんとも後ろめたい気持ちだったと言う。しかし慣れてくると彼女の持ち前のテキトーさと頭の回転の速さで楽しく乗り切れたそうだ。面白そうだしボールペンも欲しいので私もやってみたいと言うと、コロナ禍では多分開催されないと思うけど、コロナが落ち着いたらやるかもしれないので、募集があったら一緒に参加しようと言ってくれた。

私は外国人にしかナンパされないという話から、橋口さんがフランス人にナンパされた時の話を聞いた。
日韓合同開催のサッカーW杯の試合を観戦しに行った日の帰り。当時の横浜国際総合競技場のスタジアムから出て駅へ向かう途中で声をかけられた。振り返ると外国人の男性が立っていた。英語か日本語かどちらで話してきたのかは忘れたが、彼はフランス人らしく、とても橋口さんのことを気に入った様子で、電話番号を聞いてきたり、この後ご飯行こうよと結構しつこく付きまとわれたが、彼女は頑張って断った。そしてどうやら諦めた様子のフランス人は、最後にSee you的な欧米ノリでハグをしてきたが、その瞬間なんと彼は橋口さんの右左どちらかの耳をペロペロンッ‼︎っと舐めてきたそうだ‼︎一瞬の出来事に驚いた橋口さんは、でももう家に帰るしかないので家に帰った。

また、橋口さんはどんな仕事の時も結構ちゃんとメイクするタイプで、いつもまつ毛の一本一本が黒のマスカラでしっかりコーティングされているところに、彼女の乙女な一面を垣間見れて私は気に入っている。

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