#5 森本さん(中編)

この派遣バイトでの仕事の半分くらいは森本さんに教わっており、私は勝手に自身を「森本チルドレン」と心の中で名付けている。
そんなお世話になっている森本さんを見ていて思うことは、森本さんは仕事をすごく頑張るということだ。しかしその頑張りが水に流されるというか、派遣会社の社員さんからよく思われていなかったり、余計なお世話な感じに取られて空回りしている場面が多々あった。例えば、ある現場でスタッフが不足していた際、違う派遣会社のスタッフが来てくれることになった時のこと。もちろん臨時のスタッフ宛に派遣会社から事前にネット上のマニュアルのリンクが配布されていたとは思うが、現場に出てみないとわからないことや、マニュアルには書かれていない現場でよく遭遇する事態などがあるため、森本さんはわざわざその臨時のスタッフ用に森本さんオリジナルのマニュアルを作成し、自宅のプリンターか何かでコピーしてそれを渡していた。しかしその内容が、派遣会社側が期待すること以上の仕事が記載されていたのか、バイトがあまり出しゃばって契約にないことをするのを派遣会社側はとても嫌うので、その森本さんオリジナルのマニュアルは会社の人に没収されてしまった。またある日、派遣先の人にキャンペーン用のポスターをたてるパネルをカウンターまで持って行くよう言われた時、森本さんはそれをカウンターまで運び、翌日も必要なはずだと判断して何も言われずともそのパネルをカウンターまで運んだ。しかしそれを知った派遣会社の社員さんから連絡が入り、派遣先の人に何か頼まれ事をしたら必ずまずは社員に報告するようにし、勝手に判断して動かないようにとやんわり注意されていた。その注意を受けた森本さんは少しプンスカしていた。「でもちょっと持って行くだけじゃない?それを毎回会社に確認しますとか言うのもおかしいよねぇ?派遣先の人達からしたら、こんなのちょっと持ってくくらい早くしろよって話じゃない?とにかく社員さん達は何か言われたら報告しろ、こっちを通せって言うのよ。契約にないことまで私達にさせて何かトラブルがあったら困るからとか言うけどさぁ、流石にちょっと備品を持って行くだけじゃない?本当にさぁ、良かれと思ってやってもみーんな、それはやりすぎですとか言われてさぁ〜、こっちもやってられないわよぉ〜。」
森本さんは社員さん達から目をつけられているのか、良かれと思ってやる事なす事ほとんど、
社員さん達から何か言われてしまう。私含め他のバイトから見れば、森本さんは仕事をよく覚えているし、ベテランでお客さんへの接し方も丁寧だ。私達スタッフからもとても頼りにされているのに、なぜかいつも森本さんが1人社員さん達と戦うことになってしまう。というか、派遣先と派遣会社の間に挟まれていることが多く、他人事のようで申し訳ないがそれを見て私達は笑っている。森本さんの可愛らしい部分が出ている。何かと頑張りすぎて上に何か言われてしまう。私達はそんな森本さんが好きだ。
ただ、さすがにそれはやり過ぎではと思ったのが、商業施設のポイントアプリ入会カウンターでのこと。アプリの登録の仕方やカードのポイントの移行の仕方などが分からない人にやり方を教えるカウンターで、お客さんは圧倒的に老人が多い。ある日、森本さんはスマホの操作が全く分からないお婆さんの頼みでポイントアプリ入会のついでにユニクロのアプリまで登録してあげていた。このカウンターはスマホの操作が苦手というか全く出来ない上に、メールアドレスという単語や、そもそもスマホという単語も知らない老人相手の慈善事業のようなものだ。しかし私達がお客さんのスマホを操作することは禁止されている。仮に私達が正しくアプリを入れてあげたとしても、帰宅後やしばらく経ってからスマホに何か異変があった時、老人達は「そういえばあのカウンターで何か色々やられた」と親族等に私達のことを悪者のように話すことが多く、あとで息子や娘からクレームが入ることがある。それを防ぐために私達は老人のスマホを触らず、指差しと口頭のみで老人自身に操作をさせるようにしなければならない。これが本当に大変な作業で、若者ならば3分程度で済むアプリの登録が、このカウンターでは40分くらいかかることなんてザラで、長いと1時間半くらいかかることもあった。メールアドレスが分からなかったり、App storeやGoogle playのアカウントが分からずアプリをインストール出来ずに断念するケースも多い。QRコードを読むのも一苦労。あるお婆さんは、カメラアプリを起動しパンフレットのQRコードにかざすよう指示すると、スマホの画面を下にして、何をするかと思ったら、そのままスマホの画面をパンフレットのQRコードにくっつけていたし、また別の老人はスマホの画面内にQRコードが映るようかざしてもらっても、その老人の手がなぜか小刻みに震えてしまうのでQRコードがブレて全くピントが合わない。私はそっとその老人の手を支える。そんな調子で、もはやコントかと思うようなやり取りの中で、一切彼らのスマホを触らずにアプリをダウンロードし登録させることなどほぼ不可能だ。それに大体の老人が口を揃えて子供達はめんどくさがったり怒って教えてくれないと言う。そんな子供達に見放されたアプリ難民が来るカウンターで、森本さんが担当したそのお婆さんがここでユニクロのアプリをダウンロード出来なければ、もう一生登録出来ることがないことは安易に想像出来る。きっと森本さんは見捨てることが出来なかったのだろう。


森本さんのネタはまだあるので続きはまた後日。
次で森本さん最後です。

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