酔って思ったことを連綿と書き残す35「恥さらしも意外と楽しいものだよ」
昨今、よく見かける16パーソナリティーズのタイプが、INFP-A(仲介者)です。
もう、なんとも言えない。
そう言われてみれば、そうかもしれないし、人助けが天命など、思ったこともまるでない。基本、蹴落とします。
ただ、不倫=人助け、だとすれば、そうね、って感じ。
ひとクラス分以上の人の指を集めないと、救った不倫願望者の命の数は、数えられません。
もう、田舎にすっこんで4年経ちますが、いまだに、方々からオナニーメールがやってきます。
あれは、根深いぜ。
連日、酔っ払い全開で、自分の作ったものを、自分で壊していましたが、今回も、まさかの、その続きです。
そしてしかも、途中やりです。
今回壊したものは、初めて書いた小説「死の媛」の冒頭部分。
元々の冒頭は、こうでした。
↓
黒が、たなびいている。
遠く、空は燻んだ青を残し、微細な朱が、侵食を始める。
聳える時計台は、短針は5を、長針は2を指し示す。
黒が、長い直線上を、右から左へ、ゆらりと移る。
括り付けられた肉叢が、左右に、上下に、揺振れている。
それらは、人の形を成している。
うねりを伴い、空気を震わすは、人人人の、喝采。
拍手。
喚声、ささめき、蛮声、
泣き叫びの声、或いは、声なき顫え。
或る声ひとつ、「シノヒメサマ」と、空気を切る。人人人人が、「シノヒメサマ」と、切り裂いてゆく。
「シノヒメサマ」「シノヒメサマ」「シノヒメサマ」「シノヒメサマ」「シノヒメサマ」
それは夏の残火の、蝉声にも似て。
「コロセ」
「コロセ」
つと、風が、一迅。左から、右へ。
立ち止まる。
黒が、流される。裾が、麗糸が、髪が、踊る。
真白が覗く。
俯く面は、「何か」を見ている。
「シノヒメサマ」「シノヒメサマ」「シノヒメサマ」
シノヒメサマ。
呼応するように、或いは、気付かされたかのように。
「彼女」は、また歩き始める。
ゆっくり、ゆっくりと。
そして、肉叢の前で、面を真正面に。
姿体を右転。
左腕を、翻す。
構える。声の連弾が止む。無音。空白。
不動。
長針が、また一つ。
銃声が、一世界を、空を、劈いた。
↑
拙。w
みじか!
これでもあの時は、これに、結構、時間かけたような気がするのよ。
根がネット詩人なので。
詩、っぽいところから行こう、だなんて、浅はかなことをしていたね。しっかりとした、青写真だなあ。
人生って、いつからはずかしく無くなるのでしょうね?
で、いまだ、恥を知らず。
新しい死の媛のプロットも、まるでまとめていないけど、なんとなく酔った勢いで、昨日今日と、シン・死の媛を、やっておりました。
せっかくなので、この拙い出だしも使ってみようぜ、とした結果、未完成、それ以前の、書いたままの現在が、こうです。
もう、もはや、遊びの域ね。
こうなったよ! という、謎の投稿を、してみる。
当然、これをそのまま、シン・死の媛に、決して使いはしないと思います。
どう考えても、変。
そもそも、入口の語り部が本当に酔っ払っているから、困ったものです。
真の仲介者なれば、このようにはなりません。
nihongoga,nyuuryokudekinaku,narimasita.
konokijino,gazouha,kyouno,watasino,minesweeper,no,clear,no,time,desu.
konnakijini,iigazouwo,tukattara,batiga,ataruna,tte,omotte,ne.
66byoudai,kiritai!!!!!!
追記:日本語を、取り戻しました。機械も、お疲れのようで。
↓
「シン・死の媛」
はしがき
年は言いたくないそうだが、この男は、まもなく不惑を迎えるという。
ところは燦国。首都二城、西の端。
男は独り身ながら、方々をも認める、一風変わった邸宅に住んでいる。
亡きご両親から受け継いだものという。
まず、ベランダ、というものがある。
一般でいう、縁側のようなものだ。それの、仰々しいものだと思ってもらえばよい。洋式である。
それが、家の三辺を囲っている。
二階建ての、折衷造り。
柱や梁は、一般と等しく露出し、間取りもあじけない。田の字の四マスの、襖仕切となっている。
箱階段もいわんやであるが、この邸宅には、暖炉がある。
加えて、特に声高に申し上げたいことに、厠は、腰掛け式である。これはどうやら、この男の勤める王府李宮にも設えのない、稀な代物であるらしい。
国内唯一かもね。
男はちょっぴり、自慢げである。
床は、他よりも高く拵えられており、全室が板張りに仕立てられている。よって、畳の一枚もない。それが、この男の、我が家に対する唯一の不満である。
なんなら、炬燵も、ない。
豹の毛皮の敷物も、そろそろ売り払いたい、と考えているらしい。冬は暖かくて昼寝に重宝するけど、悪趣味だ。そう、思っているそうだ。
不満は、どうやら一つではないらしい。
気を取り直して、家具には、異国の調度品が使われていた。
過去形なのは、この男が借銭ばかりをこさえ、ほとんどを売り払ってしまったからである。かつては、多くの高級家具が、この邸宅にはあった。
細かな彫刻の施された、マホガニーという海外木材のティーテエブル。
セティ、という名の、透かし彫り入りの、布張りの長椅子。
シャンデリアは、元々は各部屋にあったが、今では居間のものだけが残されている。
現在は、以上である。
食器類もだいぶ減ったが、残されたものも、どれも一級の洋食器の類である。鄭重に扱っていただきたいものだが、しかし、男の性格により、茶渋甚だしい。
家に目を戻して、窓も珍しく、硝子張りである。
そしてこれは、ご両親がよほど用心深かったのだろう。鎧戸までもが取り付けられている。
使われてる様は、見たことがない。
そのくせ、庭はやたらに広い。無防備も、いいところ。それも、ちょっとこの男には解せないそうなのであるが、不満とまではいかないらしい。
庭には池もあり、鴨もいる。
ただ、いかんせん、男の一人暮らしである。
このような夏の終わりともなると、その広大な庭も、一面雑草の海。樹木も伸び放題で、鴨の姿も見えぬ。
普段は、近所に住む元庭師の老翁が、見るに見かねて勝手に伐採などをするらしく、男が帰宅すると、こざっぱりとした様子になっていることも、しばしばであるらしい。
ただ、今年は、それもないのだという。
もしかしたら、あの某老翁、腰でも悪くしているのかも知れない。男は、そう、推察している。
とはいえ、或る日ふと、小綺麗になっているやもしれぬ、と、老翁の好物の豆大福を、男は日々買って帰るのだが、今のところは、全て男の胃袋の友と相成候にて、お陰で少しふくよかになった、と、腹の贅肉を、日々、風呂場でつねっているようだ。
よって現在、庭も、男の腹肉も、見るも無惨である。
本来、この邸宅の庭からは、遠くに佳景の白樺路をも見ることができるのだが、それも、この男には興味がないらしい。彼の、唯一の興味。
それは、女である。
つい最近までは、毎夜毎夜、妓楼やカフェを訪えしていた様子であったが、分をわきまえたのか、はたまた、聖戦のさなかという世情がそれを許さないのか、ただただ、金子がないのか、暮夜も早々に帰宅し、先ほどは、蒸した風呂で、丸眼鏡を外し忘れたことに気づき、桶に投げ置いたことを失念して、桶に熱い湯を注いだそうである。
実に、憐れだ。
その男曰くの、へんな四阿。
それが、準不惑なこの男の生家であり、現住居である。
その男と、それにまつわる者らに、私はこの先の、窮途末路な物語を受け渡そうと思う。
ちなみに、私の名は、豹の毛皮の敷物である。
居心地のいいこの板床を離れること、断じてならん。
*****
ゴシメイアリ」ミヨウニチキタレヨ」ロウシユ
何事ヨ。
届いた電文を読み上げながら、男は、湯上がりの頭髪を、もりもり、掻いた。どうにもさっきから、頭の或る箇所が、痒くてならない。
こんなところにも、蚊は生き血を吸うべく、止まるものなのだろうか? もしかして、人間の頭の血を吸ったら頭が良くなる、なんて神話が、蚊の世界で流行っているの?
なんとも、けったいな神話だわ。
それよりも、これだよ。
ゴシメイアリ。
「蚊じゃ、ないんだからさ」
色好きなのは認めるけど、別に、誰でもいいわけじゃあ、ないんだよ? どの血でも構いやしません、ってわけじゃあ、ないんだからさ。蟻でもなし。蚊にも非ず。
ベルが、どうにも盛んに鳴るから、風呂場から慌てて飛び出して、熱湯でちょっと歪んだ眼鏡もつけ忘れて、タオルも巻かず、素っ裸で庭を突っ切って、この電報を、受け取ったけども。
だって、可及的、速やかに。
そういう時に送るものだもの。ふつう。電報って。
いささか、焦ったよ。
それが、いざ、電文を見てみたら、色街の、馴染みの妓楼の、それも、楼主さまからの直々の営業のお知らせ、って。
ナニゴトヨ。
たまたま、僕が今日、真っ直ぐに帰宅してたからよかったものの、もしそうじゃなかったら、これ、一体、どうしてたんだか。
わざわざ、必死そうにこれを届けてくれた、あの若輩の郵便局員だって、この電文の内容を知ったなら、要らぬ用で同性の裸を見ただけだった、だなんて、川のほとりでさめざめと泣くに違いないよ。絶対に。
ひどいことを、するなあ。
長い、長い、独り言。
男は、嘆息する。
ミヨウニチ、キタレヨ。
明日、考えよう。ひとまずは、これからの、酒!
男は独り言を終え、冷蔵庫へと向かいながら、衣桁に雑に引っ掛けておいた、浅葱色の浴衣を拾う。ばさり、と体におっ被せて、局部はほったらかしのまま、ブラブラと、台所に立ち入る。
電気冷蔵庫である。両親の遺品だ。
しかし、聖戦が始まって、はや三年。
近頃は、住宅街への通電は拙く、はっきり言えば、止まっている。今ではこれも、ただの冷蔵庫だ。
ふつうのご家庭と同じように、氷屋をしきりに呼んで、使うしかない。
ただ、男は、一人住まい。官吏である。氷屋を呼ぶいとまがない。だが、頼まずとも、いつも勝手に、冷蔵庫には氷が入っていた。
そしていつも、郵便受に、手書きで認められた請求書が入っている。隣の婆さんの字だ。実に、達筆でらっしゃる。
本日、氷、七銭也。
高い。
どんどん、値上がりしていく。
男は、それを見て、ふと、ふだんは気にもかけていなかった、家の鎧戸の使用を鑑みた。鍵も、そろそろ使おうかな。毎日、一人暮らしで、氷に七銭は、どうよ。それに、これからも、どんどん高くなるに違いない。
しかし、冷蔵庫の生葡萄酒のことを思うと、踏み切れない。
昨今は、酒も配給制で、僅かにしか入手できなくなった。
ご近所の皆様も、酒瓶に定規で目盛を振って、一升瓶を九つに分配していらっしゃる。心やさしく、週に一度、一合の酒が我が家の台所に、そっと置かれている。
生葡萄酒も、今では、バーやカフェに行かないと飲めないものになった。
それも、列に並んで、貴重な一杯をガブリと飲んで、また、最後尾に並び直すという、風情もへったくれもない有り様だ。
もし、この国に「罪の大小の区別なく、等しく公開処刑ね」なんて法律がなかったら、今ごろ酒場は、殴り合いの、奪い合いの、取っ組み合いで、大変なことになっていただろう。
男の家にそんな貴重品があるのは、いわゆる、伝手だ。闇入手、というやつである。見つかったら、と思うと、気が気でないが、これも、気づくと冷蔵庫にしまってあるのだから、とんと、困ったものだ。
それでも、最近は、随分とまずいものしか、飲めなくなってきている。
お酢を飲んだ方がましじゃないの、という生葡萄酒のために、一日氷七銭を支払うぐらいなら、もう、家での酒盛りも、潮時かな、と思う。
禁酒の誓い。
酒は、外で飲みます!
鎧戸を、使おう。
みんなを、締め出そう。
よし、飲みきってしまえ!
意を決して冷蔵庫を開けると、生葡萄酒は、瓶ごと、なくなっていた。
そう、冷蔵庫に、もう、酒はなかった。
今は、何かと、争う時代なのだ。すっかりと、盗られていた。
「ひどいなあ」
男は、達筆な請求書を、冷蔵庫の中に放り捨てた。でっかい氷が、何も冷やさず、ぐうすかと眠っている。
呑気なものだわ。
おうい。男は、その氷を叩き起こした。
そうして、目を覚ました氷を、冷蔵庫から取り出し、腹が冷えるのも厭わずに二階まで、うんしょ、と持ち上げる。そうして寝室の板敷、風上に、どん、と置いた。
それで床が腐ろうと、傷もうと、知るものか。
酒がないなら、寝るしかない。
なんなら、抱いて、眠ってやる、とすら思ったが、さすがに、ベッドの中に氷を入れるのは、粗放なこの男にも躊躇われた。
それでも、これで少しは涼しくなるだろう。
眼鏡を取り外し、蚊取り線香もしっかり焚き、男は、ゴロン、と、寝転んだ。ああ、つかれた。何か、一気に、つかれた。男には、独り言が多い。しっかりと、独り身の末路に立っている。
視線の先には、何もない、ましろな天井。
ついこないだまでは、シャンデリアが付いていた。
つまらない。男は思う。
何もないと、味気ないものだ。
酔っていないと、より、つまらないものだ。
ああ、つまらない。
何もかも。
ゴシメイアリ」ミヨウニチキタレヨ」ロウシユ
明日、かあ。
男は、明日の今時分のことを、思った。
赤鳳楼。
今ではすっかりと敷居の高くなった、色街に名高い妓楼である。十年来、通っている店だ。
しばらく、行ってなかった。
赤鳳楼、か。
男の声が、むなしく天井へと消える。
いろんな女の顔が、チラチラ、瞼に浮かんだ。
あの頃は、よかった。
セキホウロウには、ツケがあるけど、コイ、と言われたなら、ヨロコンデ、だ。
はたして、どんな子が、僕を待ってるのかな?
美人さんだと、うれしいけれど。
明朝、豹の毛皮でも売り払いに行こう。
男は、ちょっぴり、久しぶりに、ウキウキしながら、目を瞑る。線香のハーブの香りが、少しずつ、室内に広がってゆく。
コオロギは、庭の薮草で、ピィピィと、演奏会だ。
*****
歓声。
黒が、たなびく。
微風。
それは、生ぬるく、澱み、体液の香を宿している。
空気は、慄えている。
あるいは、奮えている。
恐怖に。
狂信に。
胸臆に。
享楽、に。
人界ならざる、奈落の開演前。
舞台は、死の回廊。
処刑の地。
人あらざるものに、人は、なれてしまう。
黒は、それを智る。
時計台が、短針は五を、長針は十二を、指し示す。
午後、五時。
さあ、始めましょう。
総統に、敬礼を。
時に合わせ、黒は、回廊の、長い直線を、右から左へ、ゆらり、移る。その微動は、遊糸のように、不穏。
左手には、鋼鉄の、銃。
オートマチック・リボルバー。
空は、燻み、微細な朱を、甘受せんと欲する。
夏宵には、まだ早い。
括り付けられた、丗五体の、肉叢。
その前を、黒が、ゆらり。
拍手。
喚声、ささめき、胴声、歎声、轟、轟。激声、泣き叫びの声。笑声、罵声、万歳三唱、欲への墜落、悪声。お追従、追従、
喝采、
声なき、顫え。
妙なる楽の音は、数百の、観衆。
この舞台に、色を添える。
いつからか。
黒は、壇上から、立ち見の観衆席へと、視線を伸べる。
何も、感じない。
尚も、揺り、すすむ。左方に、三日月。
「 」
時計台の長針も、またひとつ、盤上を歩く。
「シノヒメサマ!」
或る声、ひとつ。
滞留した小世界の空気を、小さく、裂いた。
楽は、弱より、強へ。
あまたの市井の声音が、うねりを伴い、夕陽の空へ、渦を巻く。
「シノヒメサマ」「シノヒメサマ」「シノヒメサマ」「シノヒメサマ」「シノヒメサマ」 「シノヒメサマ」「シノヒメサマ」「シノヒメサマ」「シノヒメサマ」「シノヒメサマ!」
クレッシェンド。
それは夏の残火の、蝉声にも似て。
「コロセ」
「コロセ!」
転調、した。
「コロセ」
つと、風が、一迅。
左から、右へ。
シノヒメ、と、名の与えられた黒を、さらった。
ドレスがひらめく。
ベールは、空中を、自由に舞い謳う。
黒髪がくずれ、流れ、はためく。
真白の顔が、顕になる。
すがたかたちの、非、現実。
彼女は、立ち止まる。
デクレッシェンド。
楽は、間の刻。
息を、のむ。その音さえも、もう。
「 」
空の、向こう。
三日月の、向こう。
赤く塗られたくちびるが、静かに、空気を喰む。
「 」
シノヒメサマ。
小さな、鬨の声。
それに、呼応するように。
或いは、気付かされたかのように。
楽は、演奏を始めた。
クレッシェンド、フォルテシモ。
シノヒメもまた、歩き始める。
風の揺らぎで、ベールは、ふたたび、彼女を隠す。
さあ、現実へ。
あの世を、見ましょう。
「コロセ」
名は、死の媛。
ゆっくり、ゆっくりと。
肉叢の前で、静止。
黒の姿体を、右転。
左腕を、翻転。
ロック・オン。
声の連弾が止む。
間。空白。
不動。
「 」
その時、長針が、また一つ。
銃声が空を、真っ直ぐに、撃ち抜いた。
*****
例の、豹の毛皮は、二百円ほどで売れた。ふつうなら、しばらく生きていけるほどの金子なのだが、男にはツケがあった。残るどころか、全く足りない。
「残念ね」
また独り言をこぼして、色街の前門をくぐる。二城の色街は、人為的に形成されたもので、正方形の外廓を持ち、九の門から出入りをする。丁も、正方形。大昔から、このようらしい。
昔の人も、物好きね。娼妓のために、とんでもないまちづくりをしたものだ。
来るたびに、男の感想の第一は、それであった。
第二は、あの子、可愛い! である。
先ほどくぐった前門から、真向かい、北の嵩稜門までは、一里ほどある。残念なことに、男がこれから向かおうとしている妓楼、赤鳳楼は、どの門から立ち入っても、同じほどの距離があった。
つまり、色街の中心部、である。
「暑い!」
男は、暑がりだった。ハンカチが、手放せない。
「暑いわあ」
日が暮れてから、もう二時間ほどが過ぎている。今日は、残業だった。
男は、日中は、比較的、真面目な官吏である。いや、どうだろうか。少し前、まだ酒が気軽に飲めた時分は、二日酔いで遅刻することもしばし、いや、よく、あった。
最近はすっかりと、恪勤戦士である。今日などは、特別、健やかに勤め上げた。昨日の葡萄酒泥棒に、乾杯。
それにしても、蒸し暑い。
「暑いわあ」
同じ言葉を繰り返すのは、年の功である。
男は、人が何十人でもすれ違えるような大路を、大股で北へ進みながら、歪んでしまった、黒縁眼鏡を外し、太眉に蓄えられた汗を拭う。薄水色のハンカチは、もはや、水を吸いあげる能力を失っている。それで、ぱたぱたと額を仰ぐが、意味がない。
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