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マハじゃない、美術ミステリー

 実は原田マハ以外の美術ものも一作読んでいました。それがたいそう面白かったのです。ケリー・ジョーンズ著『七番目のユニコーン』(訳:松井みどり)です。原題もそのまま <The Seventh Unicorn> です。

6枚の「一角獣と貴婦人」

 おそらく(特に中世の)美術に詳しい人なら、「七番目のユニコーン」という題名を見ただけで「はは~ん」と小説のテーマが読めてしまうんじゃないかと心配しました。それくらい6枚のタペストリー「一角獣と貴婦人」シリーズは有名なんですね。私は知りませんでしたが。

 私は、まずタペストリーがどういうものかよくわかっておらず、絨毯の親戚みたいなもんだろうと思っていました。ですから、わが京都の祇園祭で鉾町が自慢のタペストリーを山鉾にベラベラぶら下げるのは、ああいうよくできた美術的に価値のあるタペストリーは床に敷いて踏んづけるのがもったいないから壁にかけたり、祭の時には山鉾にぶら下げたりするのだろうと思っていました。で結局どういう用途のものなのか、いまだにわかりません。いや用途ではなく、純粋に壁に掛けるためにつくられるものでしょうか。

 作者のケリー・ジョーンズという人は、アメリカ人の女性作家でゴンザーガ大学(八村塁がいたとこ?)で英語と美術を専攻しフィレンツェにも留学とあります。つまり文学と美術が好きな学生だった…。誰かに似ています。ですから、というかやっぱりというか、主人公はアメリカ人女性で、そう、学芸員(キュレター)です。そして先述の6枚のタペストリーを所蔵するパリの国立クリュニー中世美術館に勤務しています。美しく聡明で競争心も持ち合わせた彼女の名はアレックス・ペリエ

 ペリエというフランスっぽい名字なのはフランス人と結婚したからです。旧姓はベノイットといい、Benoit と綴りますが、フランス語ではこれを”ブノワ”と発音します。実は彼女の父方のルーツはフランスにあり、曾祖父の時代に政治的混乱からアメリカに移民したのでした。物語のごく最初の方にさりげなく言及されて、その後ほとんど出てこないこの「ブノワ」というアレックスのルーツが実はとても重要で、付箋しておきたいところでした。

 ちなみに6枚の「一角獣と貴婦人」は現実に現在もこの国立クリュニー中世美術館の所蔵です。当時タペストリーは絵師が下絵を描き、それを基にタペストリー職人が織るという工程だったようですが、絵師の名も職人の名も不明、謎多き名作として知られているそうです。

意外とラブ、満載

 今回は印象派が活躍した20世紀初頭ではなくもっと昔、中世と現代を一枚のタペストリーがつなぎます。アレックスは学生時代をパリで過ごしており、中世の美術を研究し、「一角獣と貴婦人シリーズ」に関する論文も残しています。一方同時期に画学生としてパリにいたアメリカ人ジェイク・バウマンはアレックスと恋に落ち、かけますが成就せず、アレックスはティエリ―・ペリエというフランス人の金持ちのぼんぼんと結婚し、ジェイクは失意のうちにアメリカに帰った、というのが二人の過去です。

 早い話(ちょっと乱暴)30代半ばで、二人はパリで再開を果たすのですが、アレックスは夫ティエリーと既に死別しており、ソレイユという一人娘とパリで暮らしています。一方ジェイクはアメリカでの安定した職を辞し、もう一度自分の才能を信じ創作に賭けてみようと婚約者をアメリカに残してパリにやってきたところでした。

 二人は再び互いを意識し始めるのですが、特に女性であるアレックスがジェイクを意識する場面は描写が生々しく細やかで、(アメリカ人)女性が男性のどういうところにセックスアピールを感じるのかということがしばしば垣間見えるのはアメリカ人女性作家だからかもしれません。

 生々しい描写といえば先日、ニューヨークタイムズがツイッターで瀬戸内寂聴さんの死去を伝えていました。《彼女は愛と性をあけっぴろげに書いた。評論家はそれを「ポルノだ」と断じたが彼女はこうやりかえした。「そんなことを言う評論家はきっとインポテンスで、その妻は不感症に違いない」と。99歳だった。》私、寂聴さんは一冊も読んだことがないのですが、読むべきですね。寂聴さんといえば尼僧、西欧では修道女、シスターですね。この物語ではシスター達も重要な役割を担います。無理矢理こじつけました。

 さてアレックスとジェイクですが、焦らされます。ある時アレックスがついに自分の気持ちを隠し切れなくなり行動に出ます。ぁぁやっとか、とこちらがホッとしかけたところに思いがけない邪魔が入り、詰まらぬ誤解からまた二人の距離は開いてしまうという展開。ハリウッド映画を観てるようです。

 修道院とタペストリー

 リヨン近郊のある古い修道院がホテルに改築されることになり、修道院長より、収蔵されている書物その他物品を鑑定してほしいとの依頼で、アレックスは出かけていきます。修道女にとって修道院は長年暮らしてきた家でもあり、ホテルに改築するからと追い出されては経済力のない彼女たちは路頭に迷います。もしも収蔵品の中に思わぬ中世のお宝があれば、オークションで上手に売ってそれを元手に修道女たちの老後を賄えるのではないか、そう考えたわけです。

 アレックスはその修道院の図書室で中世の物と思われる奇妙な一編の詩精細なスケッチに遭遇します。彼女はそのスケッチから"7枚目"の「一角獣と貴婦人」の存在を確信し、そして一連のやり取りから、彼女を信頼できる専門家だと見定めたシスター・エチアンヌからついに"7枚目"のタペストリーを提示されます。

 アレックスは秘密裏にオークションにかけようと準備を進めますが、どこからか情報が漏れ、最終的にはそのタペストリーと修道院、そして修道女達の行く末が物議を醸し、新聞沙汰になります。新聞に載った彼女達はちょっとした有名人になり、ウキウキしだします。ここは映画「シスターアクト」でウーピー・ゴールドバーグに合唱で鍛えられ、傾きかけた教会を立て直すシスター達の熱狂を思い出しました。もしかしたらその映画にもヒントを得ているのでしょうか。 

怒涛のラスト

 本作中最も手に汗握るのはロンドン、サザビーズでのオークションのシーンです。既に6枚の「一角獣タペストリー」を収蔵するクリュニーは当然一緒に展示したいですから、7枚目を落札すべくアレックスはロンドンへ向かいます。しかし、その前に作者は彼女にこれでもかと試練を与えます。美しく聡明で負けん気の強い女性の心が千々に乱れていく様は、最初は少し痛快ですが、最後は気の毒になるくらいです。本当にボロボロのヨレヨレでアレックスはロンドン行きの列車に乗り込むことになるのです。そこで待っていたものは・・・。そして散々焦らされ続けたジェイクとの関係も相まって怒涛のラストへ雪崩れ込みます。このドキドキとスピード感がたまりませんでした。

 本作は実によく考えられた布石があちこちに散りばめられ、「ぁ、これは何かの布石だな」とわかるものから、わかっても途中で忘れていたり、基本ぼんやりしている私などはそれと気付かず見過ごしてしまうものもあり、その度ページを遡ったりしていました。しかし、最後は全て回収され、スッキリ晴れ晴れとした気持ちで満たされます。ここはやはりハリウッドの国、アメリカの小説だからでしょうか。もやもやしたラストはアメリカでは許されないのかも知れません。

最後の秘密

 アレックスが修道院の図書室で見つけた奇妙な一編の詩。その意味は最後までわかりません。

  かのめのこ 庭でおのこに出会いたり・・・・・

私はすぐにあれを連想してしまいました。「・・・そのもの 青き衣をまといて 金色の野に降り立つべし・・・」古いですかね? 実はその詩はアレックスのルーツに関係があるのですが、彼女は最後までそれに気付かず、その秘密は読者だけに知らされるのでした。

 ここまで読んでいただきありがとうございました。

  

 


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