バルセロナ史上、最高の「9番」
正直思った。「ヤバいやつ呼んじゃった」と。
悪魔的な決定力を誇り、野生的と言っていいシュートセンスや嗅覚で得点を量産するリヴァプールの絶対的エース。
普通そんな選手が来るとなれば、両手を広げて歓迎するに決まっている。
だが周知の通り、別の実績のおかげで良い印象などあろうはずも無かった。
2010年W杯のハンドや噛みつきで、知れた話だけで前科4犯。そのうち1回はバルセロナ移籍かと騒がれた年のW杯でやらかすスキャンダラスっぷり。
裏経歴書は明らかに問題児である。印象は悪かった。
直情的な性格で、ストライカーキャラ全開。ペップ・ロスで顔に縦線が入った当時のバルセロナが上手く扱えるのか。
実力は折り紙付きであったとしても、抱えるリスクの方が怖かった。
なにより、ネイマールが苦労した1年目を見るにつけ簡単にはフィットしないと思っていた。
迎えた新シーズン。右ウイングを主戦場にした前半戦で案の定というべきか、スアレスは適応に苦労する。もちろん存在感は圧倒的で、デビュー戦のクラシコを皮切りにアシスト記録は積み上がる。
しかし、持ち味の悪魔的な得点力が発揮できず、プレミアで見ていた無双ぶりは影を潜めつつあった。
「やっぱり無理だ。
いつ噛むかわかったもんじゃない。」
大匙で偏見をガバガバ突っ込み、消化不良の前線を勝手に憂いて懐疑的な印象を抱いたまま、転換点となるアルメリア戦を迎える。
忘れもしない。メッシとスアレスの配置が逆になったのを見て、度肝を抜かれた。
今では見慣れた光景となってしまったが、ペップが偽9番を創り出して以来、約7年ぶりのメッシの右配置。
嫌な予感と同時に、ゾクゾクした。ロナウジーニョ、エトー、メッシで織りなす圧倒的な理不尽の再現かと。
かくして、怪物が真価を発揮する。
左は変幻自在のネイマールが掻き回し、右からは逆足ウイングのメッシが突撃してくる。
嵐のような前線、スアレスは中央で何度も動き直し、狡猾に裏をかき、ポストプレーで繋ぎ、単独突破で股を抜き、隙あらばボレーを狙うアクロバティックな動きで、あらゆる体勢からゴールを生み出した。
3人でシナジーを生みながら、個人の破壊力は増していく。敵に回すと心が折れてしまいそうな得点に、思わず笑みがこぼれる試合もあった。
しかし何より驚いたのは、リヴァプール時代から有名だった得点力の発揮よりも、予想と偏見を大きく裏切る献身的な立ち回り。
言わずもがな、メッシは自由に慣れてしまっている。戦術的に許容されていた面はあるとはいえ、右で起用されても真ん中へ向かってしまうのは致し方ない。
スアレスはそれを見て、感じて、ゴールから遠ざかる位置取りを迷いなく行った。
メッシがいたスペースを消しにかかり、空いた右をラキティッチと協力して徹底的にケアした。
エースの主戦場が中央と右になることによって超人的なゴールシーンが増える。華となるシーンを誰かが演じる間、スアレスは完全に黒子である。
それでも、他に誰か撃てないか一瞬で判断し、「フィニッシャー」でない状況ではパスを出しつつ得点を記録しつづける。気付くと尋常ではないマルチタスクをこなしていた。
エゴを場合によって封印し、チームの最大火力を発揮するために動き回れるストライカー。
献身性を兼ね備えたスアレスは杞憂を全て吹き飛ばす勢いで躍進し、3冠の原動力になった。
幾度、ワクワクしたことか。
PSG戦の先制点、セビージャ戦でのオーバーヘッド、クラシコでのハットトリック・・・
「今ここで点が欲しい!」というタイミングで、FWとして憧れるプレーを選択し、息をするようにやってのける。
次は何を繰り出すんだと、ゴール前にスアレスがいるだけで期待値が爆上がりする感覚、何かやってくれるんじゃないかという高揚感。
ゴールを決めるたび、仲間が得点を決めるたび、屈託のない満面の笑みを浮かべる彼は夢だったクラブで躍動することを心の底から楽しんでいた。スアレス自身の原動力は、幸福感から来る笑顔だった。
今季のスアレスに対し、立ち回りへの物足りなさはあった。怪我開けは特に顕著だったが、加入当初のように守備へ走れず、足下でボールが暴れてしまうこともあった。体力的にも厳しいのではと、疲れた表情を見て心配にもなった。
しかし冷静に考えると、33歳になってトップフォームを維持できるサッカー選手は普通ではない。6年あれば小学生も高校生になる。
また、MSN時代からのバルセロナは目に見えて哲学を失っていった。それ自体は由々しき問題ではあるが、スアレスには何の罪もない。
バルセロナはスアレスに「伝統的なスタイル」への適応を強いなかった。寧ろ逆に、ペップ・ロスを回復できないまま勝ち筋を見出したい路線へ移行して、どうすれば彼を含めた前線3枚が活性化するかに重きを置いてきた。
スアレスがバルセロナに適応し、
後にバルセロナもスアレスに適応した。
これで結果が出ていなければ総スカンを食らうところだが、クラブ史上3番目の得点数を記録するなどとは思いもしなかった。
もう十分戦った。もう十分尽くしてくれた。
「どんな選手だってバルセロナに入団したいと思うだろう。他のクラブについての報道もあるけれど、僕は子供の頃からバルセロナへの入団が夢だった」
23歳の自分の言葉に偽りがないことを6年かけて全力で証明し、クラブ史に名前を刻んだ伝説のFWが暴れる姿を、この目で追い続けられたことを幸せに思う。
バルセロナに来てくれて、本当にありがとう。
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