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ニュアンス抜きの目的

ムニ『ことばにない』の稽古場では、セリフの覚え方をニュアンス抜きでお願いして、読み合わせも、立ち稽古もニュアンス抜きのまま行いました。通し前に一度だけニュアンスありで稽古をして、ニュアンスありの通しをしました。

今は次の通しに向けて、また、ニュアンスなしでの本読み、立ち稽古を行っています。

最近俳優さんと共有するために、ニュアンス抜きのことを振り返ったのでここにあげようと思います。

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◆ニュアンス抜きの目的
→ニュアンス抜きでセリフを覚えることで、相手のセリフへの反応できる度合が高まります。言い方や外側の要素を決めすぎなくても、どんな会話のボールにも反応できるようになります。

演技について、一に反応、二にセリフ、三四がなくて、五に自分。というようなイメージが私の中にはあります。反応と沢山言っていたと思うのですが、相手に反応できることが一番大切だと思っているからです。(五に自分と書いたけど、演じている状態の時の話であって、セリフの語尾や意味などを確認する準備の作業は別で必要です。できるだけ違和感を消していくことが大事なので、台本で気になる箇所は共有していくスタイルにしています)

個人によって、ニュアンス抜きの度合いは異なると思っているので、稽古場でニュアンス抜き自体のトーンを合わす作業はしていないです。自分がニュアンス抜きできているかわからなくて不安というのは、わかります。セリフをニュアンスで言わないという意識を持つことがニュアンス抜きで大切なことです。わからなくなったら歌詞をニュアンス抜きで読む作業をしてみてください。

ニュアンスありの時は、何も考えなくてよいです。ニュアンス抜きの演技を本番で行いたい訳ではありません。ニュアンス抜きはあくまでも筋トレのようなもので、出演者全員で共有している方法ということになります。本番では、統一された演技ではなく、俳優の個別性が現れてくることを望んでいます。なので、本番は自由にやってほしいです。


◆今後起こってくること
ニュアンス抜きでセリフを覚える作業をしていないと、今後、演技が変わりづらく固定され続けてしまう状態が起きてしまい、本番期間中もその場その場で反応できる度合いが薄くなくなってしまうことが予想されます。

わからなくなったり、固定されてしまっているな、と感じたら、ニュアンス抜きの本読みに返ってほしいです。

全員が反応できる状態になっていることが前提だと、例えば、自分がどこかのシーンの反応で失敗しても次のシーン以降の誰かしらがつなげて、フォローできる状態になっています。なので、反応のチャレンジを恐れることはありません。失敗しても構わないと思っています。ただ、キャラクターの見え方が変わる危険性もあるので、どのくらいの振れ幅の中で反応のチャレンジを行なっていくかということは通しの期間中に精査していけたら良いです。

◆ニュアンス抜きと身体の話
身体のあり方、動きについての話ですが、ニュアンス抜きじゃない方が動けるという話もあるかと思いますが、ニュアンス抜きでも動ける体にすることが必要だと思っています。たしかにニュアンス抜きじゃない方が動きやすい部分もあるかもしれないけれど、連動しすぎている可能性もあるなと思うからです。

◆キャラクターについて
補足ですが、反応できると思ったら反応にチャレンジしてみてください。キャラクターの度合いを上げたいと宮崎が言った方に関しては、キャラクターについてのサブテクストの共有を更に行って、俳優ひとりの作業だけでキャラクターの補填をしていかないようにしたいです。一人で度合いを上げると、キャラクターのフィクション度を上げた演技になってしまう恐れがあるからです。キャラクターへの違和感を解消していく作業を行うと、自然とキャラクターの方向性が見えて来るように思います。
言い方など、外側の要素から、このキャラクターならこう言うというような方法はあまり考えてほしくないです。それだと、反応できなくなってしまうからです。あくまでキャラクターは外側から見えるのではなく、現れ、滲み出てくるものだと宮崎は思います。

演劇作品をつくっています。ここでは思考を硬い言葉で書いたり、日記を書いたりしています。サポートをいただけますと、日頃の活動の励みになります。宮崎が楽しく生きられます。