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『安いニッポン-「価格」示す停滞』読書メモ

為替では説明できない長期デフレ

・物価の変わらない日本
この20年間、日本の物価はほとんど変わっておらず、平均インフレ率はゼロになっている。「日本の購買力」が落ちたのは為替が安くなった(円安)わけではなく、20年間にわたるデフレ傾向が原因だと言える。そもそも「日本の購買力」が落ちたと言うことは、企業が少しでも値上げをすると売れなくなるほど、日本の消費者はインフレに抵抗がある。そしてその原因は、消費者の所得が上がっていないことだ。

・くら寿司・田中邦彦社長
日本の製造者は「いいモノを作ったら高くても売れるだろう」と価格戦略を甘く見る傾向にある。そのため強気の価格で供給し、アメリカなどで成功できず、海外撤退が相次ぐ。マネージメントの基幹は価格戦略であり、客単価から商品開発をしないといけないのだ。例えば夜の客単価は「1200円まで」などとラインを設けないと、いかなる商品があっても売れないだろう。1500円に設定すると、市場が極端に小さくなってしまう。科学的に設定した価格を、意志を持って維持する。そのために徹底的に無駄を省く。これが飲食業経営の基本だ。

海外との比較

・年収1400万円はアメリカでは低所得
2019年末、アメリカ住宅都市開発省がサンフランシスコで年収1400万円の4人家族を「低所得者」に分類した。これに対し、港区の平均所得は年約1217万円。つまり日本の富裕層エリアと言える港区でも、平均所得はサンフランシスコの「低所得」に分類されてしまう。

・サブスクリプション(定額課金)の国際比較
アマゾンは動画や音楽配信、配送料等が無料になる有料「プライム会員」の年会費をアメリカでは119ドル(約12300円)で提供している。日本は2019年4月に3900円から4900円に値上げしたが、それでも大幅に安い。イギリスでは79ポンド(11200円)、フランスでは49ユーロ(約6200円)、ドイツでは69ユーロ(約8700円)である。やはり日本よりも高い。

・日本だけが低賃金な理由
①労働生産性が停滞している
②多様な賃金交渉のメカニズムがない

①労働生産性
労働によって成果がどれだけ効率的に生み出されたかを数値化したものを指す。付加価値額(利益や人件費、支払った税金など)を労働者数で割って算出する。日本の2019年の時間あたり労働生産性は47.9ドル(4866円)だった。アメリカ(77ドル、7816円)の約6割にとどまり、統計が遡れる1970年以降ずっと日本は主要7カ国で最下位が続いている。OECDに加盟する37カ国中では21位。

・日本の生産性の低さの理由の1つは価格付けの安さにある
昔は日本を横目に長いバカンスを楽しむヨーロッパからは「日本人は働きすぎだ」と言う指摘が聞こえてきていた。OECDによるとドイツやフランスの労働時間は年間1300〜1500時間程度で、日本(1644時間)よりも1〜2割短い。その理由は生産性が高いから。だが実際にドイツに行ってみると、ドイツ人は全然働かないように見える。高級車の組み立て工場における生産性(1台あたりの組み立て時間)は日本が約17時間でアメリカは約33〜38時間、ヨーロッパは約37〜111時間。それでもドイツの生産性が高いと言われる所以は、価格にある。特にドイツは需要が低いときでも絶対儲かるようにと、需要変動のボトムに合わせた生産能力で生産設備を持つ。そのため例えば自動車なら納期は半年後と言われることもよくある。一方で、日本は欠品しないように需要変動のピークに合わせて生産能力を持つため、需要が落ち込んだときに値下げをしてしまう。

・ 日本の初任給の低さ
2019年、世界の大卒入社1年目の年額基本給は、スイス902万円、アメリカ629万円、ドイツ531万円、フランス369万円、韓国286万円、日本262万円。日本は14カ国中4番目に低かった。

・IT報酬も低い
経産省は、日本では2025年に約43万人のIT人材が不足すると予測している。それなのに現状、AIを専攻する修士課程を修了する人は全国で毎年約2800人に過ぎない。世界の2万人余りのトップ級 AI人材は、日本には3.6%しかいない。GAFAなどのアメリカ企業は、トップ中のトップ人材には1500万〜2700万円の年収を提示してアメリカ本社へと引き抜いている。インド工科大学以外も含めて、インドではITを学んだ卒業生が年間150万人ほどおり、高度人材は10万〜20万人、そのうち特に優秀な100人前後がGAFAや大手金融に引き抜かれる構図。インドの若者は欧米企業への就職を目標に勉強していることを、日本企業は未だに理解していない。例えばインド工科大学で募集する採用条件に「日本語を話せる人」と出す企業がある。

②多様な賃金交渉のメカニズムがない
•日本の大手企業の賃上げのしくみ
労働組合が使用者(経営側)に月給等の労働条件を要求して交渉することが一般的。年に1度の大々的な交渉を「春季労使交渉」「春闘」と呼び、労組の交渉力を高めるために、産業別に組織して足並みを揃えている。そこで焦点になるのは、給与を一律に引き上げる「ベア(ベースアップ)」や勤続年数や年齢の増加に応じて賃金が増える「定期昇給」。年功序列は終身雇用、企業内労働組合と合わせて、日本型経営を支える「3種の神器」とされてきた。春季労使交渉は、「55年体制」の一環として8つの産業別労組が一緒になった「八単産共闘会議」の賃金闘争に始まる。2002年以降は、主要企業の賃上げは1%台で推移するなど交渉は停滞してきた。だが第二次安倍政権の発足後、2013年に政府が経済界に賃上げを要請した。政府が介入したことで官製春闘と呼ばれ安倍晋三前首相は2018年には「3%の賃上げ」を直々に強く訴えた。14年からは賃上げ率を2%に乗せたが、首相の意向を反映できる大企業だけの賃上げに過ぎず、中小企業や非正規には波及しなかった。

・声を上げない日本人
2020年、日本、アメリカ、フランス、デンマーク、中国で行った調査では、労働者で入社後も賃上げを求めた人は日本以外だと約7割以上いたが、日本はたったの3割だった。転職による年収変化を聞いても日本は「増えた」が45.2%で、5カ国中で最下位。アメリカは77.2%、中国は88.9%が、転職時の年収アップに成功している。日本は転職で「減った」人も17.9%もいる。

・日本の労働者が賃金について声を上げられない理由
①正社員は新卒で入社すると、企業の賃金制度に乗ってほぼ横並びで待遇が決まっている
②雇用が流動化していないため、他社に比べて自分の賃金はどうなのかわからない

・退出-発言モデル
アルバート・ハーシュマンは「退出-発言モデル」を説いている。企業活動で組織内に不満があれば生産性が落ちるため、企業を去って外に移る「退出(EXIT)」、企業内にとどまって「発言や告発(Voice)」することで不満の源を改善するやり方があるということ。ボイスが届かなければ労働者は出口から出て行く。

・ジョブ型雇用ですべてが解決できるわけではない
ジョブ型雇用を取り入れたにもかかわらず、日本企業に年功序列や年次主義といった不透明な評価基準が残ってしまうと、グローバルの転職市場で日本企業は不利なままだ。それどころか国内しか通じないガラパゴスを出したことで、優秀な日本人が海外企業のジョブに流出しかねないという危険性もある。またジョブ型雇用は、職務分解や職務記述書の策定が大きな負担になる。そのため最先端の事業をグローバルに展開し、好待遇で抱えたい人材群がはっきりしている大企業向けの雇用形態だといえる。中小企業や、個人の自律性や生産性を高めたいだけの企業にとっては、組織内の従業員それぞれが担う役割をはっきりさせて、日々のマネジメントや評価、処遇との連動を強化する「役割型雇用」で充分だという意見がある。(「ロール型雇用」)

・真の「豊かさ」とは-「やりがい」や「余暇」への満足度も低い
人生で成功するために重要なものを22カ国の30,000人以上に聞いたところ世界共通の周囲は「一生懸命働く」だった。世界では次いで「変化を喜んで許容すること」や「人脈」などが並ぶ。だが日本だけ、二位は「運」だった。配属もキャリアも運だのみという衝撃的な結果。レジャー・余暇、生活全般への満足度も最下位だった。

・日本型雇用の特殊性
外国人からすると、会社に業務内容や勤務先を委ねる日本式のメンバーシップ型雇用は理解できない。欧米だけでなくアジアも含め、外国人は「自分のキャリアは自分で築く」のが主流。

外資マネー流入の先に買われるニッポン

・ニセコの地価上昇率が日本トップクラス
2001年のアメリカ同時多発テロを機に、カナダやアメリカのスキーリゾートに行っていたオーストラリアの旅行客が「安全で時差も少ない」とニセコを見出した。近年では長野県白馬村や沖縄県宮古島市などが、ニセコ化してきたと言われている。

・日本のお家芸「アニメ」が崩れる
中国ではアニメ人気が高まる一方で、海外のネットコンテンツの流通規制が強化されており、2018年ごろから日本アニメの買い控えが始まった。そこで自社の配信コンテンツを拡充させたい動画配信企業が採った策が、自前政策、とりわけ「日本品質の内製化」だった。市場が拡大する中国にとって、日本のアニメーターは喉から手が出るほど欲しい。日本の年収の3倍でも軽く出せるので、今後も中国勢からの人材引き抜きは激しくなるだろう。

・日本のアニメーターの給与の安さ
構造的な問題がある。例えば、制作時に出版社や放送局など複数から資金を募る「製作委員会」方式。作品がヒットしても、製作委員会に出資していない制作会社には還元されない仕組み。

・待遇の悪さが業界停滞へ
中国は豊富な資金力でデジタル作画の設備が揃い、アニメの質が格段に向上している。日本の待遇の悪さは質の低下、最終的には業界の停滞につながりかねない。

・日本の制作費の低さ
Netflixが2019年にコンテンツに投じた費用は約1兆5000億円規模。それは NHKの年間制作費の約5倍で、民放キー局を全て足しても及ばない。

・住人33%が中国人になったチャイナ団地=川口市にある芝園団地

安いニッポンの未来

・インバウンドの弊害
爆買いが一服すると、彼らの目当てはモノから体験型のコト消費へと変容した。日本はインバウンドの富裕層向けに、宿泊税や高額のサービス提供もいっこをすべきだろう。円安バブルや叩き売りの再来は、避けなければならない。

・日本の安さはいずれ大きな問題として日本に返ってくることになる
①個人の問題
海外高級ブランドのバックや名産のワインや絵画など、国際的に一物一価が成り立っているような高級品は、日本人には高値の花になって買えなくなる。海外旅行も頻繁にはいけなくなってしまう。

②人材の流出の懸念
海外企業に比べて日本企業で高い賃金のポジションがなくなると、営業できて能力の高い日本人は、海外企業に流出する。優秀な人材を求めて海外に拠点を移す日本企業も出てくるかもしれない。

③人材が育たなくなる
若者が成長したくても海外大学の授業料を払えないため、留学しなくなる。英語ができずに能力が低い人は、外国人に安い給料で雇われる職種にしかつけなくなる。

④結果、将来国際的に活躍できる人材はどんどん少数になっていく
日本人は、グローバル企業や国際機関のトップポジションを取れなくなる。日本企業もトップは外国人、日本人は一般労働者となり、所得が海外に流出して、さらに日本が貧しくなる可能性もある。日本企業が日本として海外に援助する余力がなくなり、国としても防衛のための自衛隊の装備が貧弱になる。

企業は労働者の専門性を高める人の育て方をしておらず、専門性を高めた労働者の給料をより高くすることをしていない。落ちこぼれも出さないけれども、傑出した人材も出てこないと言う状況になっている。

・マルハニチロ池見賢社長
魚は日本人の口に入りづらくなるかもしれない
中華料理の前菜にサーモンやロブスターが使われるなど、今中国では健康志向で水産物ブーム。メロも日本だととても手が出せない高値でスーパーに陳列されている。タイバンコクの日本食店でもよく売れるのは魚の料理。このままではどんどん日本が置いてきぼりになってしまい、庶民の味方だったサンマも近い将来は日本の人の口に入りづらくなるかもしれない。

・BNPパリバ証券 河野龍太郎チーフエコノミスト
日本の低成長の理由は、
①企業が儲かっても人的資本投資や無形資産投資をせずお金をため込んできたこと
②コストカットのために非正規社員を増やしたこと

安い日本から脱出するためには、国は課税の方法を考える必要がある。アベノミクスでは消費増税と法人税減税を行ったが、付加価値は資本所得と労働所得の合計であることを考えると、その組み合わせは、労働所得への課税強化を意味し、労働に不利な税制改正を続けてしまったということである。経済格差の時代が訪れていることを考えると資本課税を行う必要があるが、例えば消費増税と社会保険料(労働所得)の引き下げをセットで行えば、それは事実上の資本課税となる。企業にとっては、輸出の際、消費税は社会保険料と異なり、還付の対象となるため、競争力に悪影響を及ぼさない。社会保険料の引き下げは、被用者で所得が高くない人には恩恵が大きい。そもそも困窮する現役世代がゆとりのある高齢者の社会保障給付を支えることが大きな問題となっていたから、それを是正できる。増大する社会保障給付の負担を、ゆとりのある高齢者からは消費増税を通じてお願いできる。もちろん困窮する高齢者には現金給付等の緩和策も必要だ。高齢者からの反発で政治的にハードルが高いかもしれないが、現場を続けていては社会保障制度の持続性とマクロ経済の持続性が維持できなくなるだろう。


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