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【在職トランス】Mさんが経験した在職トランスのリアル

「在職トランス」という言葉があるが、ご存知だろうか?


「在職トランス」というのは、社会人として企業などに身を置きながら性別移行を進めていくということを表す言葉である。

 この「在職トランス」というのは、人間同士の距離感の近い職場という環境の中で色々トラブルとなりやすい。例えば、これまで男性として働いていた人が今日から女性として働くとなった時に、どうしても男性時代の面影というか認識があるため、気持ちの整理の追いつかなさから同じ更衣室や手洗いの使用に抵抗を感じさせてしまうなど、なかなかすんなりいかないことの方が多いのではないだろうか。

 今回は在職トランスを実際に経験されたMさんにインタビューをさせていただいた。本記事はどこの誰かが味わった苦しみから誰かしらを断罪するものではなく、苦悩を感じたという個人の経験を知っていただくために作成したものであるということを先に記しておきたい。

Mさんが経験した在職トランス当初
 Mさんがトランスジェンダーとして会社でカミングアウトをしたのは、パート従業員として入社してから2〜3年経った頃だった。男性として入社し勤務していたMさんの直属の上司は、まだまだ見た目は男性的な風貌であったMさんに対して、髪型やメイクに関して女性と同等に扱うという配慮するとした。また君(くん)という一般的に男性に向けた敬称をさんに変えるようにとの周知徹底をするなど、トランスジェンダーであるということに一定の理解を示してくれた方であったとMさんは振り返る。

現実はいい事ばかりではなかった
 Mさんの職場は、制服が男女別のものであった為、女性用の制服を着用したいと相談を申し出たMさんに対して、別の上司から「あくまで君は男性だ」と告げられた上で許可されなかった。

 治療が進むにつれ、体力的な面から別の作業チームへの転属や、更衣室での処遇について男性用でもせめて衝立ての設置はできないものかと相談をするも、「考えておく」と曖昧な返事で特に動いてはもらえなかったという。

 また、ホルモン治療を進めるにあたり、体力の低下から作業のペースもどうしても遅くなってしまうことが増えた。それに対して誰も助けてはくれず放っておかれた。そして作業ができていないことに対して「ホルモン注射で仕事に支障をきたすのは君の勝手なのだから、君自身の責任だ」と当時の上司に咎められ、なんとか作業についていこうと無理やり力任せに踏ん張ると「自分が女性だと思うなら、そんなことしないでしょ」と周りから揶揄される。

「お前は、仕事をサボって楽したいから女になりたいんだろ」「本当はできるのに、サボりたいだけなんじゃないのか?」「男の役割から逃げたいだけなんだろ」仲間内から投げかけるMさんにとっては暴言の数々に、もうどうしたらいいの分からず途方にくれたとMさんは振り返る。

 その一方で、Mさんのことを気にかけてくれる人もいた。休憩時間に話を聞いてくれたり、一緒にいてくれたり。しかし、そんな人たちも組織の中での自分の立場を考えてか、結局はMさんを見て見ぬふりする側にまわり、Mさんは会社内で孤立してしまった。

辛い状況下で自分を救ってくれたものとは
 そんな時Mさんを救ってくれたのは、SNSサイトで同じ在職トランスの方が発信する自身の体験談だった。それを見ることで今の環境に嘆くのではなく環境を変えるという思いで自らを鼓舞することができたという。

 しかし、体力的にも精神的にももう既に限界だった。それからしばらくして、Mさんは会社を辞めたという。

辛かった事として欲しかった事
 Mさんは、男性的な役割を押し付けられたことや治療に関して一方的な自己責任論の押し付けの他、そもそもトランスジェンダーであるということに対しての人格を否定するような発言が辛かった。もし、状況に合わせた臨機応変な対応をしてもらえたらやめることはなかったという。

自身の在職トランスを振り返って
 「知らないが故、私のようなトランスジェンダーに免疫がなく、理解しようという発想が当時の職場で私の周りにいた人たちにはなかった。仕方がないという思いもある。場所が悪かったんだと、その時のことに感情的にならないように努めている」

 そう話してくれたMさんの顔はどこか寂しげにも見えた。

Mさんの想い
 「私以外にも、今こういう問題に苦しんでいる人に、私の経験がその人たちの光になれば嬉しい。私はそのために自分にとっては苦しい経験をしたのだと思う。この経験を知ってもらいたい」

 そんなMさんは新しい職場で、女性として勤務している。通称名の使用も認められ、性別に悩まず思いのままに仕事に励めると話してくれた。今すごく仕事が楽しいと話すMさんの顔は、とても明るくいい表情をしていた。

 本来あるべきはこのような在り方ではないだろうか。誰だって無理な環境下で能力など発揮できない。バリアフリーという言葉があるが、Mさんにとっては性別の枠組みの中に押しやられる事が見えない障壁になってしまった。その為、能力を発揮できず孤立するに至った。しかし、今Mさんは障壁のない環境にいる為、仕事が楽しいとまで思えるに至っている。

 Mさんに限らず、またトランスジェンダーに関わらず、人によりその障壁は様々ではあるが、その障壁があることで思うように力を発揮できない人はまだまだこの世の中には多いのではないだろうか。

 もし、仮に性別というカテゴリがなければ、Mさんはこのような思いをしなかったであろうし、もしかしたら慣れた環境を手放す必要もなく、今も楽しく働けていたかもしれない。それをこのような形で手放さざるをえなかったMさんの気持ちを考えると心が痛む。

 「私たちのような人間は何も特別な存在じゃない。私たちが生きていても誰かが損害を受けるなんてことはない。男だとか女だとかそういう役割を無理に押し付けない世の中になってほしい」

 最後にMさんが話してくれたこの言葉が頭に焼き付いて離れない。私も同じトランスジェンダー当事者として、そのことに関して深く思うところがある。

 本当なら誰だって、自分の力を発揮したいしやりがい感じて働きたいし、楽しく生きたいものだ。誰かに守られるとかではなく、自分の力で生きていきたい。世の中にある目に見える見えない様々な障壁について考え打ち壊す事で、Mさんのように生き生きと働き生活できる人は増えるだろう。

さいごに
 誰かが生きやすいと思える世の中は、その誰かだけにとって行きやすい世の中になるのではなく、その誰かに関わらず他の誰かにとっても生きやすい世の中になる。

 特定の個人を集団に染め、染まらないものをはじく世の中でははく、どのようなカテゴリーの人であれ、一人の人として認め合えるそんな世の中になればいいなと心から思う。





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