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静かに眠る森【#シロクマ文芸部】

 雪化粧した樹木たちに会いに、森へ出かけました。北国は今、雪深い厳冬の真っ只中にあります。冬の森の輝きを、暫し、書き留めたいと思います。

 森の中に踏み込み、空を見上げました。しんしんと、雪が降っています。自然が生み出した、六角形の芸術作品です。雪のひとひらが、顔の皮膚の上で、儚く溶けて消えていきます。

 雪が雑音を吸収するので、森の中はとても静かです。小川の流れる音だけが、微かに響きます。

 森は、深く眠っています。
 心が無音になります。
 耳たぶがつめたく、感覚を失っていきます。

 森の木々たちを起こさないように、そうっと歩きます。雪を踏みしめる時の、ギュっという足音さえ立てないように、そうっと、そうっと歩きます。

 木々たちの、すうすうという寝息が、聞こえますか? 

 雪原の上に、動物の足跡を見つけました。おそらくは、逃げるウサギと、ウサギを追うキツネの足跡でしょう。どこまでも続く足跡を見ると、つい物思いに耽ってしまいます。自分が今まで歩いてきた道と、これから進もうとしている道について、際限なく考えを巡らせます。
 
 険しい山や谷を越えて、自分はどこを目指しているのだろうか。一人で歩くのか、それとも、誰かと支え合って歩くのか。やっぱり、一人で行かなきゃいけないだろうなあ、などと、考えは収束することなく、無音の世界の中に拡散していきます。

 純白と灰色のモノクロームの世界で、空を見上げ、雪原を踏みしめて、私はまた一つ、冬を越そうとしています。眠りの季節を経るからこそ、命は再び芽吹くことができ、きらめきを増すのだと、近頃はそう思います。

 眠る森の木々たちは、どんな夢を見ているのでしょうか。あたたかな春の夢でしょうか。それとも、太陽が最も長く輝く、夏至の夢でしょうか。私も、木々たちのように、冬を眠って過ごすことができればなあ。

 分厚い雪の絨毯の下では、春に芽吹く草花が、日の光の中で輝くために、着々と準備を進めています。急がず、焦らず、やるべきことを、一つ一つこなしているのです。

 寒さや暗闇を、過剰に恐れる必要はありません。今、冬の季節にしかできないことがきっとあるのですから。

 ひとつ息を吸って、一歩を踏み出します。まっさらな雪原に、また一つ、新しい足跡がつきます。

<終>

小牧部長、今週はエッセイを書かせていただきました。
「雪化粧」、待ってました! すてきなお題をありがとうございました。

 このエッセイは、小牧幸助さまの下記企画に参加させていただいております。

#シロクマ文芸部

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