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街クジラの歌~空と海のハイブリッド~【#シロクマ文芸部】

 街クジラと言われる度に、僕は自分に言い聞かせる。
「僕は空と海のハイブリッド。どこへだって行ける」と。

 海クジラの母さんは海深く、空クジラの父さんは天高く。
 僕は、夜の街を一人、泳ぐ。

 金や銀、ダイヤモンド、ルビーにエメラルド、サファイア。色とりどりの宝石を纏い、僕はゆったりと、街を泳ぐ。僕の宝石たちの光が、夜の闇に溶けてきらめいていく。

 眼下には、赤や青、黄色に白の、強くて薄っぺらな光。この街は眠らないな。僕の宝石の光が負けそうだ。

「ねえ、街クジラが来てるよ!」
「本当! 綺麗!」

 人々が僕を指し、見上げる。僕は褒められるのが大好き。ほらね、僕の宝石、安っぽいライトとは全然違うでしょ?

「街クジラだ!」
「今夜こそ捕獲しろ!」

 しまった。こいつらのことを、すっかり忘れていた。僕を捕まえて、狭い水槽に閉じ込めようとする奴らだ。

 全速力で泳ぐ。こう見えて僕、意外と小回りがきくんだよ。狭い路地だって、するりと抜けられる。僕を捕まえようとする奴らを巻いて、街灯のない丘にやってきた。真っ暗闇の中、さっきまでいた夜の街を見つめる。
 ふと、気配に気が付いて横に目を遣ると、先客がいた。思いつめた眼差しで、夜の闇を見つめている。美しい人だ。

「あのう、お嬢さん。そんな目をして、一体何があったんです?」

 お嬢さんは、僕を見ずに、まっすぐ前を見て、呟いた。

「父さんは空で、母さんは海で死んだわ」

 僕は息をのんだ。美しい声だった。

「私は、どうしたらいいのかしら」
「君は、どうしたい?」

 お嬢さんが初めて僕を見た。僕が身に着けている、どんな宝石よりも綺麗な、涙の滴。

「涙も枯れたと思っていたのに」

 僕は、少し考えて、自分を奮い立たせると、お嬢さんに笑いかけた。

「僕は、街クジラ。いつもは街を泳いでいるけど、海だって空だって、泳げるんだよ。僕、海クジラと空クジラのハイブリッドなんだ」

 お嬢さんの目が、くるくると動いた。

「僕の背中に乗って。一緒に旅をしないか?」
「おかしな方ね」

 お嬢さんは、初めて笑うと、僕の背中に乗った。

「さあ、行こう!」

 僕は、仲間を呼んだ。僕の声は、自慢の低周波。この世界にいる仲間のクジラたち全員に届く声で、僕は歌った。仲間のクジラたちの歌が、教えてくれた。この戦争で、沢山の人間たちが命を落としたこと。海で死んだ、お嬢さんのお母さんと、空で死んだ、お父さんの物語を。お母さんとお父さんが、お嬢さんの幸せを祈っていたことを。

「僕たちは、空の彼方にも、深い海の底にも行ける」
「私、行ってみたい。母さんと父さんが最後に見た景色を見てみたい」

「もちろん。君が望むなら」

 僕の中で、何かわからない、温かいものが芽吹いた。

 さあ、旅を始めよう。


<終>

#シロクマ文芸部

今週も、小牧幸助様の下記企画に参加させていただきました。
いつもとっても素敵なテーマ。部長の発想力、大変勉強になります。

街クジラは「海クジラと空クジラのハイブリッド」、「クジラの歌」というイメージが先行して、今回の作品が出来上がりました。長い冒険の旅の始まりの物語となりました。

やっぱり書くことが好きです。
もっともっと技術をつけて、上手くなりたいです。

今週も無事書けました!
ありがとうございました!





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