見出し画像

【産学連携と技術移転の話】インバウンド営業とアウトバウンド営業

はじめに

 前回の記事では、我々技術移転担当の「商材」となる発明を、発明自体の特性から日々の活動の方向付けを目的に分類してみた。

 今回は、技術移転の契約に至るルートを「インバウンド or アウトバウンド」というマーケティングの概念を通じてみてみようと思う。そのうえで、ルートの成果に影響するドライバー毎に施策に触れてみる。
おお、何かそれっぽい。



技術移転に至るルートの整理

 まずは下の表を見て頂きたい。技術移転契約の相手方は、製品・サービスを提供している企業になる訳だが、この企業との連携が始まる入口、つまり技術移転のスタートはどうなっているかを分類してみると、恐らく、おおよそ下表のような入口に分けれられるのではないかと思う。これらの入口をインバウンド=企業から技術移転機関にアプローチしてくるパターンと、アウトバウンド=技術移転機関側から企業にアプローチするパターンに振り分けてみた。なお、技術移転機関(なりそれに準ずる部署)を主体として見るため、例えば研究者が案件化してくれて技術移転機関に流れてくるというケースは、インバウンド案件としている。

 さて、それでは問題です。

Q. 技術移転機関(内部組織含む)の契約実績において、インバウンド案件とアウトバウンド案件の比率はどうなっているか?

 比率と言った場合に考えないといけないのは、契約件数比と、収入比の二つがある。残念ながら、国内においてそういった統計はない(なお、海外のものも見たことがない)。なので、私自身と先輩・同僚各位に聞いてみた感覚数値でしかないが、おおよそ下記のような認識で一致している。

インバウンド案件数       :アウトバウンド案件数    = 8 : 2
インバウンド案件収入:アウトバウンド案件収入 = 9 : 1



理想的なインバウンド・アウトバウンド比率は?

 さて、上述の通り統計データは存在しないため、以下はすべて上述の感覚数値に基づく考察になってしまうことはご容赦頂きたい。それでは、技術移転機関としてこのインバウンド・アウトバウンド比率はどうなっていることが望ましいのか?私としては、理想的なインバウンド・アウトバウンド比率については、二つの考え方があると思っている。

①アウトバウンド比率を増やすことこそ重要という考え方

 技術移転機関は、マーケティング部分にこそ最大の強みがあり、これまで研究者自身や大学内その他の組織では見つけきれなかった・捕まえきれなかった企業を捕まえてくることにこそ存在価値があるという考え方に基づく。この場合、基本的にはアウトバウンド比率を上げていくことが目標になる。研究者としても自分では行うことが出来なかったことであり、0から1を作ってくれたということになるため、感謝される度合も高いのがアウトバウンドの特徴である。仮に技術移転の成功にならずとも、頑張ってマーケティング・新規開拓営業を行っている姿が見えやすく、こういった意味でも感謝されやすい。
 なお、過去に米国のとある技術移転機関の社長さんとお話する機会を頂いたのだが、その方はこの考え方に基づいて経営しており、アウトバウンド件数比率は脅威の5割だそうだ。

②比率はどうでもいいという考え方

 技術移転が成功しているならば、それがインバウンドだろうとアウトバウンドだろうとどうでもいいという考え方。別にどこからスタートした案件であっても、それが成功しているのならば関係ないし、人が見るのは結果だ。この場合、技術移転機関の存在価値は、インバウンド・アウトバウンドを問わず、発生した案件をしっかりと最大利益となる契約としてまとめ、その後の技術移転の成功にまで結び付ける部分にこそ強みがあるべきであり、交渉力や価格設定力、契約後の製品の販拡力が技術移転担当者のスキルとして求められる。ただし、インバウンド・アウトバウンド問わずと言った通り、この部分は①のアウトバウンド注力型であったとしても強みとしうる。
 このため、カスタマーである研究者が技術移転機関どうしを比較した際に、「あっちの技術移転機関は頑張って営業してくれるけど、こっちの技術移転機関は口を開けて待ってるだけ。お金になりそうなものだけに寄ってくるハゲタカ。」という悪名を負いかねない。実際には、良くも悪くも技術移転機関を横に並べて比較評価されるほど、技術移転業界自体が研究者から見て知名度がないのが実情ではあるのだが。結局のところ、インバウンド・アウトバウンド比率はどでもいいと言いつつも、もしもアウトバウンド注力をしないのなら、インバウンド側の施策で存在感を出す必要が出てくる。



アウトバウンド案件を増やす施策を考える

 さて、ということでアウトバウンドに完全特化する場合(=いわば営業代行的な技術移転機関)を除きインバウンド・アウトバンド両面の施策を打って伸ばしていくことが重要な訳だが、長くなってしまうのでまずはアウトバウンド側についてのみ書いてみたい。
 技術移転担当者にとって分かりやすい成果指標として、契約件数と収入金額の二つがあると私は考えている。なお、その先にある上市数が元も重要だと思っているのだが、これはライセンシーである企業側の努力に依ってしまう部分が大きく、日々の成果目標としにくいため、この記事では検討しない。
 契約件数と収入金額は次のような関係にあるので、上位の指標である収入金額のみ成果指標とすればよいように思われる。

収入金額 = 契約件数 × 契約単価

 しかし、技術移転においては、最初はスモールスタートで始め、数年後(十数年後もあり得る)に大きな収入金額が生まれるというのが大体のパターンである。このため、単に収入金額のみを成果指標とすると、まさにスタートしたばかりの研究や、技術移転機関の新任担当者は成果が上がらない。加えて、上記のスモールスタート=将来への種まきを行う動機が下がってしまう。さらに、アウトバウンド案件は金額が小さい場合が多いため、アウトバウンドに注力する機関・担当者が不利になる。これは、インバウンド案件とは研究者が既にコネクションを持っていて共同研究等を行っていたり、そもそも企業側から興味を持って能動的に案件が立ち上がるケースであり、その方が企業側が支払う金額が大きくなるという当然の原理である。これらの理由から、以下では成果指標として契約件数と収入金額を分けて考えてみる。

契約件数について

契約件数 = アプローチ数 × 成約率

 A) アプローチ数を増やす
 特別なアイデアは持っていないし、いわゆる営業職の方々からすると、何を今更というものが多いかと思う。しかしながら、技術移転業界ではこれらを愚直に行っている人はあまり見ないし、私も油断するとサボりがちである。人から頂いたアイデアもあるのでここで全ては挙げられないのだが、私が行っていて効果があったものの一例挙げると、四季報・帝国データバンク・イプロス等のデータベースの方端から営業、sansan, eight等の名刺管理アプリのタグ情報を活用して営業、LinkedinのSales Navigatorを利用して営業等がある。その他、ここには書かない方がいいかな?と思って書いていないものもあるので、ご興味のある方は是非お問い合わせ頂き、また、逆に皆様からもアイデアを頂きたい。アプローチ数を増やす施策なんて山のようにあるはずだ。

 B) 成約率を上げる
 成約率についても、唯一言語化出来るまでに気が付いたことは、企画書の重要性だ。契約相手は企業であり、技術移転に向けて契約をするためには彼らの社内稟議がある。大学との技術移転契約の経験が豊富な企業の方が稀であり、ほとんどのケース(特にアウトバウンドにおいては)が、企業側の意思決定者は技術移転契約が初めてであるというパターンだろう。この場合、その意思決定者が分かるような企画書やデータを付けてあげる必要がある。資料とは、契約タームシートにとどまらず、技術移転に向けた全体像を示す資料であり、共同研究企画、その後のライセンス等の選択肢を含むものである。また、データとは、論文や特許文献的に技術の優位性を示すデータのみでなく、企業側の意思決定者が理解しきれていない、知識の浅い部分を補填するようなデータも含む。それがどういったデータであるのか聞き出すのは、研究者の本分ではないので、技術移転担当者の仕事である。
 この手の作業は、企業でプロジェクトマネージャー、特にプロジェクトの立ち上げを含む経験していた人が有利になる。過去に行った海外技術移転機関の担当者のキャリア分析でも、プロジェクトマネージャー経験者が技術移転業界に多く転身していることが分かった。


収入金額について

 アウトバウンド案件の契約単価を上げるのは結構難しい。いわば新規営業で、企業の目に留まっていなかった技術を持って行って、協業をお願いする立場になる。ここはいわゆる技術移転機関側の先行投資ととらえ、低額であっても開発が前に進むことの方が重要であるように思う。技術移転機関の経営モデルはホッケーカーブだと言われているが、案件単体を見てもホッケーカーブなのだろう。
 ただし、契約条件の検討にあたり、技術移転の担当レベルではしっかりと将来どういう利益を見込んでいるのかを説明出来る事が重要で、アウトバウンドで低額だからといって適当は許されない。
 また、リーダー・ダイレクターレベルでは、条件検討にあたって一貫性のある基準を示すようにしてもらいたい。技術移転は一つ一つ状況が違い判断が難しいのは当然で、「場合による」は思考放棄・職務放棄だ。一貫性の無い基準で担当レベルの契約提案を棄却した日には、彼/彼女のやる気を削いでしまう。



おわりに

 今回は、技術移転契約に至るルートを分類し、それぞれのドライバー(アプローチ数、成約率…)を特定して具体的施策に触れてみた。国内の技術移転機関において、このルートの比率がどうなっているのか統計を取るだけでも相当価値があるように思う。(UNITTサーベイ部隊さんに期待。)
 お気づきの通り、具体的施策の部分が粗々であり、ここは日々試錯誤・模索していきたい。特に、技術移転機関にとって(特に小規模大学においてはなおさら)商材=発明はそれほど多い訳ではないので、成約率を上げるための方法をしっかりと考えていきたい。結局「我々の戦いはこれからも続く」的な締め方で恐縮である。
 感想レベルで少し感じているのは、担当レベルが商材を売り歩くという一般的な営業モデルよりも、技術移転機関の上役のみが営業を担い、企業側の上役と話をまとめてプロジェクト化し、担当レベルがそれを回すというコンサルファームのモデルの方が合っているのではないかとも思う。この営業モデルで動いている技術移転機関はない?と思うので、偉くなったらやってみよう。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?