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【産学連携と技術移転の話】技術移転担当者としての個人売上目標を考える ~AUTM Licensing Surveyをベースに~

はじめに

 今回は、米国の技術移転機関の最大の業界団体、AUTMが発行する「AUTM Licensing Survey 2022」を読み解きながら、これをベンチマークとして技術移転担当者(=ライセンス・アソシエイト)の個人売上目標について触れてみた。個人的には、技術移転には①大学発技術の社会実装という公益的目的、②TTOとしての利益の追求という私益的目的の二つがあると考えており、今回は②のみに着目した一面的な記事であることをご容赦頂ければ幸いである。

 まず、同サーベイのデータから得られるキーとなる数値を下表に示す。続けて、そこから得られるファインディングと合わせて色々な切り口から算出できるライセンス・アソシエイトの個人売上目標について複数触れていき、最後にそれらをまとめていきたい。


表:AUTM Licensing Survey 2022を元に作成


本文

ライセンス・アソシエイト一人の稼ぎは平均4.8億円

 1大学(TTO)あたりのライセンス・アソシエイトの人数は平均で6.1人、中央値で4.0人であり、大学の中では最も多いスタンフォード大学、MITがそれぞれ25人、23人である。米国の大学は日本とは比較にならない規模のライセンス収入額を叩き出している訳だが、ライセンス・アソシエイトの人数は国内TLOとそれほど変わらない
 実際、ライセンス・アソシエイト一人当たりの生産性を見てみると、収入金額以上に大きく水をあけられていることが分かる。米国ではなんとライセンス・アソシエイトは一人当たり年間7.8件(平均)の契約を締結し、約4.8億円(平均)の収入を上げている。数件の超大型案件が数値を上振れさせている面はあるが、一方で、サーベイにはそもそもそれほど積極活動していない収入0円の大学も含まれているので数値は下振れしていると見ることも出来る。なお、収入0円の大学や専任のライセンス・アソシエイトがいない大学を除いたうえで「各大学のライセンス・アソシエイト一人当たりの収入の中央値」を算出すると約1億円となる。
 国内で完全に同様のサーベイは恐らく行われていないため単純比較は出来ないが、国内最大手の東京大学TLOではライセンス・アソシエイト一人当たりの収入は約1600万円(*1)、これも大手である東北大学のTLOである東北テクノアーチでは約3500万円(*2)となる。

*1:2022年の東京大学の知的財産権等収入額の約4.1億円[2]を、HP[3]に掲載されているメンバーから取締役等を除いた25人で割って算出。
*2:2022年の東北大学の知的財産権等収入額の約3.8億円[2]を、HP[4]に掲載されているメンバーから取締役等を除いた11人で割って算出。


収入に占めるRunning Royalty(RR)の割合は45%

 米国の大学では、平均的には年間収入のうち約半分(45%)はRRが占めているようである。一口にRRといっても、売上連動式、定額式、最低実施料式等の様々な態様が考えられる上、各大学が何をRRと計上しているか定かではないため、解釈が難しいところではある。
 RRはTTOの経営を安定させ、また、特に売上連動式の場合は収入が大きく跳ねる可能性を持っている。売上連動式や定額式の契約が過去年度に締結されていた場合、基本的に労せずして当年度の収入となるため、当年度の技術移転担当者の実績としてカウントするのは良くないだろう(カウントしてしまうと一部の大型案件を過去に締結したライセンス・アソシエイトは以降寝て過ごせてしまう)。もちろん、長期目線で戦略的にRRを締結したことが実績カウントされないのはおかしいというのもその通りだし、ライセンシーの営業活動の一部をライセンス・アソシエイトが担うことで製品自体の売上向上に貢献し、もってライセンス収入向上となるというケースもあるだろうが、ここではこういった点は複雑になるので無視させてもらう。
 とすると、米国大学のライセンス・アソシエイト一人当たりの平均収入はRRを除くと残りの55%ということで、約2.1億円になり、少々乱暴ながらこれが実際の当年度の売上とみなせる


発明届出件数も一人当たりの担当発明数も、国内と比較して圧倒的に多いとは言えない

 発明届出件数は年間128.4件(平均)で、ライセンス・アソシエイト一人当たり年22件(平均)を担当していることになる。これは、著者のこれまでの経験や先人達から伺った情報から考えると、国内大手大学と比較して1.5~2倍程度かなと思う(企業との共同発明は除く)。ちなみに、上述の7.8件/人・年の契約件数というのも、国内大学とさほど差は無いように思っている。
 個人的には、月に2~4件の新規発明を担当するというくらいであれば、それほど仕事量的に激務化することはなく適切と感じているが、そのTLOの業務領域次第でもある(特許権利化業務をフルで行っていれば、月4件が定常的にくると、マーケティング活動が疎かになるかも)。
 いずれにしても、「米国の大学は発明者が優秀で、発明の数が多いから収入が高いんでしょ」という単純な言い訳は通用しなさそうである。


ライセンス・オプション契約一件当たりの契約金額は約1100万円(平均)

 当年度収入は過去のライセンス契約からもたらされているものも多分に含んでいるため、収入総額をアクティブライセンス数で割ったこの1100万円という数字のもつ意味合いは単純に解釈できないが、参考値にはなると思う。著者は日々の業務では、ライセンス契約金額が20万円なのか30万円なのかという規模で長らく揉めることも多くあり(もっというと数万円レベルですら)、何とも頭が痛くなってくる。そもそもコストアプローチ以下の値段になるのはどうなのだろうか。知財の価格設定については話が逸れるので触れないが、下記事も是非お読み頂きたい。
 さて、ここでライセンス・アソシエイトの平均年間契約件数に契約一件当たりの平均金額をかけてみると、約8000~9000万円となる


研究経費1円あたりのライセンス収入は約0.04円

 大学はプロフィットセンターではないので研究経費に対していくら売り上げたかという数字だけを切り取るとお叱りを受けそうだが、事実ベースはこのくらいのようである。本サーベイに回答した大学全体では0.042円である。ここで、いわゆる規模の経済性が働くのか?ということで、ライセンス収入50億円以上のTop Tier21大学のみ抽出して算出してみると、同数値は0.049円とさほど変わらないことが分かる。さらに、National Science Foundationが定義する研究経費規模による大学のグループ分け、HERD Rankなるものがあるが、このグループ毎にそれぞれ研究経費あたりの収入を算出しても、法則性は見られなかった。つまり、規模の大きな大学ほど同数字が大きくなるという訳でもないようである。HERD Rankで分けてみるという発想はなるほどなと思った。これは著者の物でなく、本サーベイが行っているものを参考にしたことを注釈しておく。
 この数字を単純に解釈するならば、各ライセンス・アソシエイトは、自分の属する/担当する大学の研究予算額に0.04を掛けた額を、自TTOに属するライセンス・アソシエイト数で割ることで、米国水準の年間の個人の売上目標を立てることが出来る



まとめ

 ここまで、サーベイのデータから色々な指標を作成しつつ、ライセンス・アソシエイトの個人売上目標について触れてみた。上述した目標値を下図の通りまとめたので、参考にされば幸いである(個人的にはプレッシャーでしかないよね)。また私は、TTOは役所組織とは一線を画してビジネスマインドを持たねば意味がないと思っているので、強めに収入!収入!という面に着目している(じゃないと別に知財担当者や事務員等の他の人でも出来るしね)。同じような考えをお持ちの技術移転業界人がいらっしゃれば、是非ともご意見・ご指導頂けると幸いです。

参考・引用

[1] AUTM Licensing Survey 2022
[2] 大学ファクトブック2022
[3] 株式会社東京大学TLO HP<https://todaitlo.com/>
[4] 株式会社東北テクノアーチ HP <https://www.t-technoarch.co.jp/>


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