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技術移転業界のキャリア -海外有力機関を調査 -

はじめに

 本記事では、米英の主要TTO(技術移転機関)であるOxford University Innovation、Cambridge Enterprise、Stanford OTL、Harvard OTDの4つのTTOのメンバーの過去キャリアを調査・分析し、Findingを得ようと試みた。後述の通り分析の精度の問題はあるものの、ある程度の示唆は得られたのではないかと思い、第一弾として記事にしたものである。同じテーマで深堀調査を行うと、さらなる気づきが得られる手ごたえも感じており、なんとか継続してみたいが第二弾、第三弾と続くかは不明。
 なお、そもそもTTOって何?という読者の方には全く意味不明な内容かもしれないが、その場合はなんとか出回っている情報で補填してもらいたい。


目的

 TTOの業務内容はとてもエキサイティングで魅力的な一方、そのキャリアについての情報は特に国内においてはほとんど全くといっていいほど出回っていない。一方で、著者としてはTTOキャリアと一口に言っても海外と国内では全く異なる様相なのではないかと常々感じており、まずはTTOの歴史が深く存在感が大きい米英のTTOについて調査し、そのキャリア構築の現状について知識を得ることを目的とした。

調査・分析方法

 Linkedinを用い、海外の主要4TTOのメンバーの過去キャリアを紐解き、分析した。メンバーについては各TTOのHPから氏名を得、Linkedinの検索機能でヒットした方のみを対象としている。結果として、31名について調査・分析を行うことが出来た。なお、そのうち3名は新卒でTTOに入った方であった。

分析の限界・免責

 上述の通り、今回行った分析方法は、至ってアナログなものである。例えば下記のような点は議論や批判の余地を含んでいるし、この他にも至らぬ点が多いことをご容赦頂きたい。これは、著者の力量不足はもちろんながら、なるべくクイックにFindingを得ることを目指したことにも起因している。

  • 全体として、細かい分析・分類等の方法の説明を省いている。これは、記事が冗長になることを嫌ったためで、この点ご容赦頂きたい。もちろん、問い合わせ頂ければ可能な限り説明させて頂くつもりである。

  • そもそもLinkedinの検索にヒットした方のみを調査・分析対象としているため、バイアスが掛かっている可能性をご容赦頂きたい(例えば、転職市場で動きが激しいDirectorクラスはLinkedinでヒットしやすく、集計数として多くなる、等)

  • 業界や職種分類を用いているが、これは筆者の判断で分類したものであり、解釈には議論の余地があることをご容赦頂きたい(例えば、IT業界はEngineering Manufacturesに入れていいのか?等)。

  • 生データについては、公開データを集めただけとはいえ、個人情報でもあるため、公開や提供は出来ないことをご容赦頂きたい。


分析結果とFINDINGS

国内と異なり、Venture Capital(VC), Private Equity(PE) やM&A業界といった「財務系ハイキャリ業界」から移ってくるケースが見られる。

 当然といえば当然のことだと思う。技術移転業務(TTO業務)は、大学から生まれた最先端の技術を事業化してお金にするという仕事である。そのためには自らベンチャー立ち上げの企画をしたり、どの企業にその技術を持っていけば最も儲かるか分析・実行をしたりと、本来的には高度に財務的・投資的な知識とセンスが求められる業務である。
 しかし、日本のTTO業界でVCやPEからTTOに移ってきたという人は聞いたことがない(実際にはいるかも)。これはひとえに知名度と待遇面の問題だと思う。海外TTOの人材募集を見ると、M&A業界や投資銀行業界のインセンティブ起因の上振れ程はないものの、FAS(Financial Advisory Service)やVCといった業種とは比肩する程度の給与レベルのようである。ざっくりスタッフレベルで700~1200万円ほど。平均給与の差を踏まえて日本水準に正規化したとしても750~900万円くらいのイメージである(なお、実際には米と英でも隔たりがある)(この点、少々乱暴な正規化なので、別途検討したいと思っている)。比べて、日本のTTO業界はどこも基本的に公務員準拠の給与水準で、同じく公募を見るにスタッフレベルでは400~600万円程度のようである。しかも年功序列という習慣すら残っている。
 逆に、国内でTTOからVCやPEに移っていく人は数名存じているものの、前述の通り本来的に求められるスキルやセンスが近しい割には多くない印象である。矛盾することを言うが、TTO業務ではVC、PE、M&A業界に行けるほどのスキルが身につかないということだと思う。TTO業務の現場を見ると、実際にはスリリングな大型案件を担当することは稀である。これはスタッフレベルからこういった案件には携わらせてもらえないといった組織上の問題ではなく、そもそもそういった案件が多くないということである。また、VC等で求められるほどのハードワークをこなすこともなく、求められる体力レベルも満たせないということもあるかもしれない。一当事者として厳しい言葉でいうと、同じTTOといっても第一線級の英米のTTOは大きな意味でVC、PE、M&A、FASといった財務系ハイキャリ業界にいることに比べ、日本のTTOは大学事務職と同じく「お役所業界」に過ぎないということかもしれない。


Project Manager(PM)レベル経験者の参入が多い

  求められる業務上、PMスキルはマストといえるため、PM経験者がほとんどであることは合点がいく。特に、どこのTTOも従業員数はせいぜい数十人と多くなく、一人の担当が案件の全体管理=PMO的機能を求められるのだと思う。TTO業務のコアが、調査業務でも営業業務でも研究開発業務でもなく、これらを一気通貫することであることに加え、一つの案件(=技術)を複数人で担当することには非効率性が生じやすく、自ずとこのようになるのだと思われる。従って、企業でいわゆる実際にモノを作るエンジニアやセールスから直にというよりも、PMを経験してからTTOに移ってくるケースが多いようである。


他企業のDirectorレベルからTTOにStaffレベルで入ってくるケースもみられる

 他企業でDirectorクラスの仕事をしていた人が、TTOにStaffレベルで入ってくるというケースが見られた。これは別段どんな業界間の転職でも有り得ることではあるものの、TTO業務のやりがいとエキサイティングさが理由でそのような転職を行うケースもあるのではと勝手ながら推測している。とくに製造業、製薬業等のDirectorというと博士号持ちも多く、大学の先端技術を自分の意志決定でビジネスにつなげるという仕事は、通常の民間企業でDirectorをやるよりも魅力的に見える可能性は大いにある。また、もしかすると海外TTOもいわゆるUp or Out的な文化ではなく、プレッシャーが少なく安定的ということもあったりするのだろうか?この点はぜひ海外TTOの当事者に話を聞いてみたいところである。
 実は国内TTOが人材を探す場合、こういったDirectorクラスに声をかけると案外とうまくいく可能性もあるのだろうか。


まとめ

 今回の記事は、海外主要TTOのメンバーの過去キャリアを分析し、勝手な推測と感想も含めたFindingを得ようという試みの第一弾である。分析の限界や精度の問題はありつつも、あまり情報の出回っていないTTO業界の状況としては多かれ少なかれ示唆はあるのではないかと思う。
 また、本来であれば記事内に示すべき分析方法についても冗長化防止の観点から省かせてもらった。ご興味頂ける場合は、お問い合わせ頂ければぜひ議論させて頂き、新たな気づきを探してみたい。


用語メモ

TTO:Technology Transfer Organizationの略で、技術移転機関のこと。TLOともいうが、本記事内ではTTOを用いる。
TTO業務:本記事では、TTOでの業務のうち、特に技術マーケティング、ライセンス業務のことをいう。
FAS:Financial Advisory Service
PMO:Project Management Office

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