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ミールドットにささげる詩

生きていることに意味はない
いいから はやく死にたい

ミールドットはちいさな国だ
でも よく戦争をする
たくさんの人が死に 仕事場へおくられてくる
僕はおくられてきた遺骸のきずをなおす
僕がきずぐちをなでるだけで 死体はきれいになる
おだやかな死に顔
特別な能力

ただし このちからは命のない体にしか効果がない
だから ある意味においては僕はとても役に立つし
ある意味においてはまったく役立たない

息子が死んで 半狂乱になって悲しむ母親のもとへ
四肢がちぎれている死体をおくって その心にとどめをさすことは防げる
けど 今にも死にかかっている重体の兵士を
いやして救ってあげることはできない
僕はその男を「はやく死なないかな」と隣で眺めていることしかできない
死ねば 胸の大穴をふさいであげられるのだけれども

ひょっとすると 僕が遺骸のきずぐちをどれも直してしまうことで
ひとびとは戦争の悲惨さを理解できないのかもしれない
だから戦いは永遠につづき
絶え間なく男たちは死に
女たちは泣くのかもしれない

でもそれは僕とは関係のないことだと思う
命じられてやっているだけのことにすぎないし
僕だって お金をかせがないと暮らしていけないから

なにもかもどうでもいい

きずぐちをいやすのも限界がある
たとえば三人の兵士がかたまっていたところに
砲弾がおちて全員バラバラになった
肉はくさって 虫どもがぜんぶ食ってしまった
のこった骨、混ざり合った骨を 僕はしんぼうづよく区分けする
体はできた
しかし頭骨の分別に僕は苦戦する
ひとりは年老いてるので簡単にわかる
ふたりは若く
しかも第一頸椎と頭蓋底との関節が いずれもよく適合するので、わからない
僕は筋肉の付着する粗面の凹凸に注目する
ふたりにはあきらかな差異がある
こうして僕はなんとか 頭骨の所属をけっていする
体と頭がくいちがうことを防ぐわけだ
オッポレさんのところに 体がオッポレ・ジュニアで 頭がチョリンパー・ジュニアであるような遺骸をおくることを防ぐわけだ

お葬式 お墓
そして、
お祈り。

僕はべつに人が死ぬことを喜んでるわけじゃない
口さがない連中が「一体いくらで金がもらえて嬉しいだろう」と僕に言うが
どうでもいい
僕は別に いますぐ死んでしまってもかまわないのだ、本当は
ただそうする理由がないだけなんだ、今のところは

僕は仕事を辞めて、塔をたてる
257階の塔をたてる

僕は田舎の村や町をめぐり
ひとびとの話を聞く
老いた人や病人の身の上話や
あるいは葬式があるなら故人の話を聞く
どんな細かいことも深く掘り 記録する
僕はひとびとの伝記を書く
書いたそれを見せて 反応をうけて
しんぼうづよく何度も書き直す
やがて満足のいくものができあがる

どんな人間の生涯にも 物語があることを僕はまなぶ

伝記をつくったひとびとの遺体を 僕は引き取り
塔におさめる
ガラスのひつぎ
その前にちいさなテーブルと椅子
そこに故人の伝記をおき
お客さんが自由に読むことができるようにする
僕のつくった塔では 遺体は新鮮にたもたれる
りくつは分からないけれど そういう力が塔にはある

くりかえし
くりかえし
僕はひとびとの話を聞き
書きとめる
遺体とガラスのひつぎと本が 塔にならんでいく

いつしか国はほろび
ミールドットは塔の名前としてひきつがれる
塔の中はもう死者でいっぱいだ
世界中から 多くのひとびとがそこをおとずれ
本を読む
僕は塔にはいるまえに彼らにひとつだけ厳粛な約束をさせる
この中であなたは喋ってはならない
物音をたててはならない
それは死者に失礼だから
彼らはしずかに眠っていたいから

僕にも老いはおとずれる
塔のてっぺんで僕は眠る
たぶん明日はめざめないだろう
それでいい
僕の本はなくていい


ガラスのひつぎ
いくたの本

それは死者たちの記念碑

ミールドットの塔