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小説「終末世界のマーキュリー」④

この作品は、連想単語ガチャでランダムに生成された3つの言葉をテーマに描く、いきあたりばったりの物語です。
続きを書いてピリオドを打つかもしれないし、打たないかもしれない。
そんな無責任な作品です。

今回の単語
No.922アイスコーヒー
No.1872ぼたもち
No.6765RIP

エピソードテーマ
No.2962鳥かご

前回更新分→https://note.com/rmfdoll/n/n8644a2f52e89



 コスタリカ地区の港から出向して早数日、私とノアは海上で昔の映画を見ながら、のんびりと仕事の疲れを癒していた。
 お祭り騒ぎの1か月を終え、経費を差し引いた後のお小遣いで、私は何を買おうか悩んでいた。
「やっぱり次に買うなら車だよねえ。ねえ、ノア。ミゼットとトゥクトゥクどっちがいいと思う?」
「私には主に使われた時代と地域が異なっているだけで、同じように見えます」
「そりゃミゼットから派生したのがトゥクトゥクだもん。でもね、生産地域が違うから、細かい作りも用途も違うんだよ。そして一番違うのがお値段! 現存数が桁違い。悩むぅ!」
「私は、新たな乗り物の購入を中止するようお勧めしたいです。今持っているもので十分です」
「トゥクトゥクなら手が届きそうなんだけど…でも座席がフルオープンだからな~。どうしよっか~!」
「聞いてないようですので、もう一度お伝えしますね。私としては、これ以上ランニングコストがかかる乗り物の購入は辞めてほしいです」
 浮かれた私はノアの忠告を聞かないようにしながら、映像アーカイブを開く。
 ミゼットとトゥクトゥクが、古い20世紀の街を走る姿に私はうっとりと魅入っていた。
 沢山の車とバイクが行きかうゴミゴミとしたアジア地区特有の町の作り。
 人と車とバイクが行きかう、複雑な交差点。
 何に使うのかわからない光る看板や、荒い映像を流し続けるテレヴィジョン。
 合理性を最優先に作られたこの世界には、こんな風にごちゃごちゃと興味を引くものはない。
 優先順位に従って誘導の矢印は存在するが、他のオブジェクトに負けないようにピカピカと光り輝くようなものはない。
 アーカイブの中を行きかう人は、皆思い思いの方向に向かって歩いている。
 私達とは違って、皆ナビも何も使わず、目的地に向かって進むことができるようだ。
 迷うことはないのだろうか、迷うことが恐ろしくないのだろうか?
 そんなことを思いながら、私はアーカイブが見せる20世紀の世界に心を奪われていた。

 その時だった。
 大きな衝突音と共に、船に衝撃が走った。
「ノア!!!」
「衝突を感知しました。コウ、伏せてください」
 言われるまでもなく、私は頭を守る体制で体を低くした。
 衝撃の余波で、船が大きく揺れる。ぐわんぐわんと混ぜられるような酷い感覚が三半規管を襲う。
「ノア! 何があった!!」
 私は思わず叫んでしまう。ノアは船のオペレーティングシステムから情報を収集しているのか、答えてくれない。
「ノア、ノア!!」
 ノアの返事がなくて不安に襲われた私は、何度もノアの名前を呼ぶ。
 通信回線は途絶している。もし、海の真ん中で船が沈んでしまったら。航行不能になったら。
 私達は一貫の終わりだ。
「船籍が日本地区の漁船に体当たりされたようです」
「それどういうこと!?」
「コウ、備えてください!」
「何に!?」
「相手はおそらく海賊です」
「海賊ぅ!?」
「コウ、指示をしてください」
 一瞬、私は迷う。
「ノア、船室の電気を消灯! 船が拿捕された場合は、権限すべてを暗号化してどこでもいいから船を走らせろ! その後はシャットダウン状態で待機!」
「了解」
 そういうと、ノアはすぐさまスリープモードに入った。同時に、船室は暗闇に沈む。
 本気で海賊をしに来ているなら時間稼ぎにしかならない。だが、多少の時間が稼げれば十分だ。
 テーザー銃をロッカーから取り出すと、私はコーヒー豆と一緒に、なるべく人目に付きにくい場所に滑り込んだ。
 心臓が早鐘を打つ。息が荒くなりそうになるのを堪え、意識的に長く静かな呼吸になるようコントロールする。
 波の音と、船が軋む音だけが響いている。
 私は耳を澄ませる。
 遠くから、カツン・カツンと、誰かが階段を降りる音がする。
 ――こちらに、向かっている。
 足音の数を数える。
 1つ、2つ。
 ほかにも数人いるかもしれないが、下に降りてきているのは2人だ。
 私は策を考える。テーザー銃は5弾装填で、1度の発射後に通電して気絶するまで約30秒かかる。
 船室の入り口は1か所、人が一人入れるかどうか。
 であれば、扉をけ破って入ってきたやつを仕留めて、その後ろにいるやつを仕留めて……。
 私はうーん……と考え込んでしまう。
 船の床にあーでもない、こうでもないとシミュレーションを数パターン構築していく。
 ああ……こういう時ノアが居てくれたら、シミュレーションの壁打ちやってくれるのになぁ。
 でもノアには私の資産を防御してもらわないといけないし、何よりこの船に乗っている大事な荷物を守ってもらわないといけないし。
 今からでも起こしてシミュレーションを手伝ってもらうべきか、それとも――……。

「Hold UP! 手を挙げて静かにしろ!」
「……え?」
 私が間抜けな声を出して、目線を上げると――
 そこには銃を構えた少女が立っていた。

 私としたことがバカだった。
 船室のカギを締め忘れ、シミュレーションに熱中するあまり、賊が押し入ってきたことを察知できなかったのだ。

抵抗する気が無いことを示すために、私はテーザー銃を床に投げる。
少女は目もくれずに船室の端に蹴り飛ばした。
船室の端までスライドして壁にぶつかり、カシャンと音を立てた。
少女は銃口をこちらに向けたまま、後ろにいる相棒らしき人間に合図を送る。
男だろうか? 少女より頭ひとつ背が高い。
その男は、ポケットから細いプラスチックの線を取り出す。確か、インシュロックと呼ばれる結束バンドだ。そんなものをどうするのかと、ぼんやり眺めていると、男は私の腕を後ろに回し、親指同士を交差させて結束した。

「こんな拘束無意味だ。すぐに取れる」
私がそういうと、少女は私をバカにするように鼻で笑った。
「外してみたら? 今まで外せた人間は居ないけどね」
挑戦的な笑みを浮かべる少女をギャフンと言わせたくて、私は結束バンドから指を抜こうとする。
捻って、ねじって、引っこ抜こうとして……。
私は諦めた。

「すご……ほんとに抜けない。こんな方法あったんだ」
思わず漏れた本音に、少女はぽかんとした表情をする。そんな少女を見せないようにするためなのか、男は乱暴な振る舞いで私を立ち上がらせようとした。
「痛い痛い痛い! 乱暴にしなくてもいいって! 抵抗なんかしないって!」
「金目のものはどこだ」
私の抗議の声を無視して、男が話しかける。
声は案外若い。ドスを効かせようとしているが、全然腹が据わってない感じがする。
「金ならそこのキャビネットに入ってる! かなり使ってるから、残りは少ないかもしれないけど!」

 男は顎で指示を送る。少女は、キャビネットを開ける。
 札束がそこそこ入っているはずだ。
 それを見た少女は目を丸くする。

「現金を持ち運んでたの?」
 少女は現代人らしい質問をしてきた。私たちの世界での商取引は、電子通貨がもっぱら主流だ。
 実際、コロンビアでの取引にも電子端末での決済をしていて、現金は用いなかった。
 けれど、日本に行くにあたっては別だ。
 私はあえて現金を用意していた。


「あなた達の国は、まだ主流でしょ」

 日本は食へのこだわりが強いため、数多くの食品が闇で販売されている。日本人はとても慎重だ。そういった闇での取引に、取引アドレスが残る電子マネーは利用しない。政府もそのことは黙認している。
 ”世界に知られなければ良い”。
 日本はそういった情報の隠匿は昔から得意だ。
 文化摩擦が起こらないようワールドスタンダードに対して、表面的には従順な姿勢を取るが、島の中では独特な文化と社会形態を作る。
 これは、数百年。いや、千年単位で彼らが残してきた生存戦略ともいえる。

「……あなた、何者?」
 おそらく日本人であろう海賊たちは、私を怪訝そうに見つめている。
「私はヨネサキ・コウ。日系人の商人だ。本土に足を踏み入れるのは初めてだけど。君たちの国では、これが歓迎のあいさつなのかな?」
「日本に、何しに来た?」
 少しうろたえた男は私に問いかける。

「私は商人だ。日本で買いたいものがある」
「何を買いに来た?」
 男は尋問するような口調で問いかけてくる。この男とは話にならないかもしれないと思いつつ、にっこりと笑う。

「名前が分からないけど、君たちの文化食を買いに来た。私はね君たちの食文化にめちゃくちゃ興味があるんだ。よかったら探すのを手伝ってもらえないだろうか。どうしても食べたいものがあるんだ」

 私がそういうと、海賊たちは顔を見合わせて、少し複雑そうな顔をする。
 少女が男の方を見て、目で合図を送った。

「暴れるなよ」
 男はそう言って、指を縛っていたインシュロックを切る。
 このまま抵抗して逃げることも可能になったわけだが……あえて逃げずに彼らに協力してもらう方がいい気がしてきた。
 日本人は慎重だ。前回のように広告・宣伝をローカルネットに放流しただけでは、おそらく良い取引相手を見つけるのが難しい。
 ならば、彼らと信頼関係を作って、私の仕事を手伝ってもらったほうが良いと思う。
 出会い方は考えられる限り最悪だと思うが、彼らには彼らなりの事情があると見える。

「解放してくれてありがと。お礼はするべきかな? 君たちはお金に困っているんだったね。現金でよければ渡せるけど」
「それじゃ意味がないのよ。私たちは外貨が欲しいの」
 少女は心もち暗い声でそう答えた。
「外貨? どうして? 日本は現金取引のインフラが残ってるだろ。君たちが暮らすには十分だと思うんだけど……」
「外貨じゃないと買えないものがあるの」
 まるで謎かけのような答えに、私は首をひねる。
「外貨じゃないと買えないもの? 燃料とか、資源とかってこと??」
「いいえ。違う。そんなものは必要としてない」
 非効率極まりない問答に私は少しだけいらだちを覚える。
 外貨で何が買いたいのかわかれば、私だって力になれるかもしれないのに。欲しいものがあるなら、『これが欲しい』って言えばいいじゃないか。
「じゃあ、何が必要だって言うの」
 私は少しだけムッとして、そう聞いた。

「私たちの夢」

 詩的な答えに、私はますます苛立った。
 が、日本人の奥ゆかしさとは、こういうものかもしれないと思うことにする。こんな小さなことに悩んでも仕方ない。

「ノア、起きて。彼らにお茶でも用意してあげて」
「承知いたしました」
 私の声に反応したノアは、船室の電気をつけた。私は飲食ブースから、お茶とベリーが盛られたデザートカップを持っていく。
 船室の収納スペースから簡易椅子とテーブルを出し、広げる。
 二人は思わぬことにびっくりしているようだ。

「どうぞ、座って」
 私は主導権を取り返すために、にっこりと余裕のある笑みを浮かべて彼らを椅子に誘う。
 二人は警戒してなかなか座ろうとしない。
「警戒しなくて大丈夫だよ。この船に警備システムはない。とりあえず武装を解除して座ってくれる? 物騒なことには慣れてないんだ」

 さあ、交渉のテーブルに彼らはついた。
 ここからは、私が主導権を握らせてもらおう。

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