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『木彫像-仏の座-』 空想スケッチ①

<備考>
イメージを書き留めるものです。
小劇場のイメージで登場人物は4名。
戯曲っぽい形式にて表記。


SE:カツ、カツ、カツ、カツとノミを刻む音
規則正しく、4度打ってはしばらくやすみ、4度うっては暫くやすむ。
照明サス、ゆっくりとF.I

舞台中央、ノミをふるう男が座っている。
小さな丸椅子に座った男は、なにもない空間に向かって木像を彫っている。
何度目かの繰り返しの後、急に手を止める。

男「ダメだ」
男、木造をなぎ倒す。

男「これじゃあ、形をなぞっているだけだ。何も宿っていない!」
うずくまる男。しばらくの沈黙。

女1「先生。先生? どうなされたんですか? そんな大きな音を立てて」
男「……あぁ、すまない。来ていたのか」
女1「ええ。ちょっと前に。アラ! どうなさったんです、これは」
男「駄目になったんだ」
女1「そうでしたの。私、とても気に入っていたのに。残念」
男「そうだったのか。悪いことをしてしまったね」
女1「いいえ。いいんです。私が気に入ってしまったということは、先生の作品に相応しくない証拠ですもの」
男「決してそんなことはないよ。そんなことよりも、君。すまないが、またデッサンから頼めるかね」
女1「ええ、もちろん」
男「可能であれば、すぐに」
女1「先生、少しお待ちいただけませんか。家の仕事がまだ残っていますの」
男「ああ、そうか。すまない」
女1「すぐに切り上げてまいります、待っていてくださいね」
男「すまない。君にはすっかり甘えてしまって」
女1「気になさらないでください。私は先生のためにできることをしているだけですから。気分転換にお菓子か何かでも召し上がります?」
男「いや、いい。作品の構想をもう一度練り直す」
女1「わかりました。あまり根詰めすぎないようにしてくださいね。私はいつでもあなたの味方ですから」

女1、静かに舞台を去っていく。
男、舞台の片隅に投げ出しているスケッチブックを手に取る。
鉛筆を持ちながら、スケッチをめくる。

男「・・・駄目だ。これも駄目だ。これも、これも、これも。――駄目だ」

男「どのスケッチもすべて形をなぞっただけだ。足りない。何が足りない。――震えるような熱情も、何も感じない。なぜ……」

ジリジリジリジリ!と黒電話の耳障りな音。

男「・・・とうとう来たか」

何度も繰り返された後、重い受話器を持ち上げる。

男「もしもし」
女2「お忙しい所失礼いたします。私、椿山ギャラリーの千堂と申します。辻堂先生は御在宅でしょうか?」
男「千堂さん。お世話になっております。辻堂です」
女2「ああ! 先生、お忙しい所大変失礼いたします。少しお時間をいただいてもよろしいでしょうか」
男「はい」
女2「いつも展示会にご出展をいただき、誠にありがとうございます。次の展示会の準備も現在着々と進んでおりまして。著名人の方や、収集家の方、海外のギャラリーの方まで、多くの方をお招きすることができそうです」
男「そうですか」
女2「以前、軽く打ち合わせをさせていただきましたが、今回の展示は辻堂先生の木彫像を目玉と考えておりまして。スペースの方も広く取らせていただく予定になっております」
男「はい。伺っています」
女2「それで……大変恐縮なのですが、そろそろ展示カタログの製作を進めていく時期にさしかかっておりまして。そろそろ先生の作品について伺えたらと、上の方から話がきておりまして」
男「はい」
女2「その後、いかがでしょうか? 作品の進み具合のほうは…」
男「今、作っていますとしかお伝えが難しいのですが」
女2「点数や、サイズ感などお伺いできればと」
男「すみません。まだ、そこまでは」
女2「辻堂先生の創作については、私もよく存じております。申し訳ありません。一応体面上、伺っておかないといけないもので。どうかお気を悪くされないでください」
男「いえ、すみません」
女2「実は上司のほうから作品の確定が欲しいと言われておりまして。……先生、1週間後に何か少しでもわかれば、私も上を説得できるのですが」
男「頑張ってみます」
女2「ありがとうございます。来週、アトリエの方にお伺いをさせていただいて、打ち合わせをさせて頂ければと思うのですが、いかがでしょうか?」
男「来週、ですか」
女2「可能であれば作品を拝見させていただければと思います。無理であれば、少しだけお話を伺うだけでも大丈夫です」
男「・・・わかりました」
女2「お忙しい所を大変恐縮です。ありがとうございます」
男「いえ、いつもすみません」
女2「それでは来週、お伺いをさせていただきます。よろしくお願いいたします」
男「はい。失礼します」

チン、と音を立てて受話器を置く。
暫しの沈黙。

女1「先生、お待たせしました」
男「すまない。急がせてしまったかな」
女1「いいえ。大丈夫です。さっきのお電話、ギャラリ―からですか?」
男「ああ。どうしてそれを?」
女1「先生のお顔が曇っていらっしゃるから。なんとなく」
男「……君は何でもお見通しなのかな」
女1「とんでもありません。先生のことが少し、わかるだけですわ。さ、先生。早速始めましょう」

男、スケッチブックを手に取る。

女1「先生、何か指定はございますか?」
男「いや、好きにしてくれ」
女1「かしこまりました」

BGM:サティ・ジムノペディ3番(約3分)

ポーズをとる女、スケッチに写し取っていく男。
エロティックすぎない近代彫刻をモチーフに。(参考:清水多嘉示)
二人は無言のまま、アイコンタクトでポーズを変えていく。
いくつかのポーズを書きなぞった後、男はペンを置く。

女1「先生? どうなさいましたの」
男「いや、今日はここまでにしよう」
女1「何か気を悪くさせてしまったでしょうか?」
男「君のせいじゃない。僕の問題だ」
女1「すみません。お力になれず」
男「いや。君は十分にやってくれているよ」
女1「先生」
男「少し、外に出てくる」
女1「先生!」
男「……どうした。大きな声を出して」
女1「私、先生のお力になれることならなんでもします。モデルが駄目なら、先生が気に入る子を見つけてきます。だから、いつでもおっしゃってください! 私は、先生のためになら、なんでも・・・!」
男「急にそんなことを。どうした」
女1「すみません。先生の顔を見ていたら、堪らなくて」
男「僕が作品を作れないのは君のせいじゃない」
女1「でも……」
男「君はいつのものままでいて欲しい。君のことまで気を回すのは、難しいんだ」
女1「……すみません。わかりました」
男「戻るのは遅くなる。遅くなる前に君は帰るといい」
女1「はい…わかりました」

暗転。

暗闇の中、托鉢僧の経を読む声が聞こえる。
男が通りかかるころ、「色不異空 空不異色 色即是空 空即是色」の箇所が唱えられている。
ふと、男は托鉢僧の鉢にポケットの小銭を入れる。
両手を合わせる。

男「…ありがとうございました」

托鉢僧、会釈をして経の続きを唱えている。
男、ゆっくりと去っていく。
般若心経を唱える声が続きながら、ゆっくりと溶暗。

BGM:ジムノペディ2番(約3分)

女1、観世音菩薩のポーズをとっている。
男、ポーズを写し取る。
女が去っていく。
男、空中に向かってノミを振るい始める。
頭から足まで外側を彫る。
彫り終わった後、男は像を間二つに切り開き、中空を彫り上げていく。

男、女1を像のところに立たせる。
女1、木の像に閉じ込められる。最初は苦悶の表情をしている。
男、女1を飾り立てていく。
その姿はやがて観世音菩薩像となり、穏やかな仏性をはらむ表情となっていく。

女2「先生、素晴らしい作品です!」

現れた女2、像に魅入られている。
男、何も言わない。

女2「なんてリアルな表情なんでしょうか。モデルは先生の家にいた家政婦さんですか?」

女1、家政婦という言葉を聞き、女2をにらみつける。

男「彼女は家政婦じゃないよ。本業は僕専属のモデルなんだ」
女2「そうだったんですね。いつも先生の家で家事をされていたから、てっきり。それで先生、こちらの作品はいかがいたしましょう」
男「というと?」
女2「展示品として出品されるか、販売品として出品されるかを確認させていただこうと思いまして。これほどまでの大作です。しばらくお手元におかれるつもりなのかもと思いまして」

男「販売品で出してもらってかまわない」
女2「よろしいのですか? お値付けはいかがいたします」
男「君に任せる」
女2「いえ、そういうわけには」
男「雑事は全て任せる。僕は次の作品を作らなければいけないから」
女2「左様で、ございますか。わかりました。私にできることならなんでもサポートさせていただきます」男「そっか。わかった。じゃあ、君にも手伝ってもらおうか」

男、女2に手を差し伸べる。二人、舞台を去っていく。
二人を許すように女1、微笑んだまま取り残される。

暗転。


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