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小説「終末世界のマーキュリー」①

この作品は、連想単語ガチャでランダムに生成された3つの言葉をテーマに描く、いきあたりばったりの物語です。
続きを書いてピリオドを打つかもしれないし、打たないかもしれない。
そんな無責任な作品です。

今回の単語
No.922アイスコーヒー
No.1872ぼたもち
No.6765RIP



「もしこの仕事で私が死んだら、最高級のアイスコーヒーとぼたもちを備えて欲しい」
 私が受け取った遺書には、そう書き記されていた。
 遺書を書いた私の友人、サラシナ・ククルはとんでもない置き土産を残してあの世に旅立った。
 供え物にアイスコーヒーとぼたもちを要求するなんて。
「とんでもない置き土産を残していきやがって……」
 私は真っ赤に染まった空を見上げて、最愛の友人に悪態をつく。
 今、この世界で『アイスコーヒー』と『ぼたもち』という、最高に製造コストがかかる2品を揃えるのがどれだけ大変なことか。それを彼女が知らなかったわけがない。
 それを親友の私に託して、頭を抱えることになる未来もきっと予想していたことだろう。
 遺書という、断りようもない形でわがままを通す姿勢はクルルらしいといえばらしい。
 死んだ人間の些細なワガママ。私と彼女の仲でなければ、こんな願いは鼻で笑って終わりだっただろう。

 けれど、私にはそれができない。
 それほどまでに彼女との関係は深く・長かったし、何より自分の商売柄、親友の最後の注文を無下にすることなどできないのである。

「クルル、わかったよ。世界最高の商人である私が、あんたの注文をかなえてやる」
 私はそう言って、遺書を懐にしまうと旅の支度を始めることにした。

 これを読んでいる読者の方には、まず私のことを説明しなければいけないだろう。
 私の名前はヨネサキ・コウ。
 世界を旅して顧客の求めるものを揃える世界最高の行商人だ。
 その注文は多岐にわたる。
 旧式機械のラジエーターから、最新式の量子ビットのICチップ。
 動物由来の人造臓器から、IPS細胞を駆使した再生臓器。
 マンモスの牙から、キメラの骨格標本。
 ありとあらゆる『マテリアル』を集めるのが私の商売だ。世界各地を巡り、顧客が望む商品を集めている。希望の物を大体集めることはできるのだが、私が唯一断るものがある。
 それが『食品』だ。
 20世紀から21世紀にかけて発展した食文化のほとんどは文献に残るのみ。土地の荒廃が進んだ現在では、かつての食文化を支えた数多くの作物は枯れ果て、栽培コストの問題から『全世界共通作物』しか育ててはいけないことになっている。
 小麦・大豆・とうもろこし・ブルーベリー。
 いずれも耕作面積に対して栄養効率が良い作物のみで、それ以外の食物は嗜好品にあたるとして、世界連合から栽培を禁じられている。闇でごく少量扱われているらしいが、私たちのような一般層の手に届く場所には出回らないのだ。
 そうなれば、多くの人々は私と同じように職に対する興味を失っていった。しかし、過去のアーカイブに残る画像や動画、レシピの情報を頼りに『再現料理』を作る一部の愛好家が存在する。
 私の友人、サラシナ・ククルも『再現料理愛好家』だった。
 美味しいとも不味いとも言えない『再現料理』の数々に、私はずいぶん辟易とさせられたものだが、料理を作っている彼女がとても楽しそうだったのを覚えている。
 そんな彼女がどうしても本物を食べてみたいと固執していたのが、例の『アイスコーヒー』と『ぼたもち』だ。
 黒くて冷たい水と、黒くて丸い固形物になぜそんなに魅了されているのか、私にはまったく理解ができなかったが、彼女はレシピを見ながら再現可能な方法がないかと随分頭をひねっていた。
 しかし最後まで、再現の方法を思いつかないまま、命を落としてしまったらしい。こんな遺書を私に寄越すほど心残りだったのかと思うと、少し哀れに思えた。

 私は長旅の用意をすると、最新型のタッチパネル式量子コンピュータを立ち上げる。腕に巻かれた10cm四方の黒い板から、ホログラフが立ち上がり、操作画面が表示される。
「おはよう、ノア。新しい依頼だ」
「おはようございます。コウ。依頼内容についてお伺いできますか?」
 高く美しい声で私に語り掛けるのはオペレーションAIのノアだ。
「今、お前に伝えることはできないよ」
「了解いたしました。では、何かお力になれることがございますか?」
「『コーヒーベルト』という単語を調べてもらえないか。20世紀ごろの資料を引いてほしい」
「かしこまりました。――『コーヒーベルト』は北回帰線から南回帰線の間にある地帯の事で、熱帯から亜熱帯の気候地域です。20世紀から23世紀ごろまではアカネ科の常緑樹が積極的に栽培されていた地域です」
「ありがとう。ここから該当の地域を移動コストが低い順に到達可能な街を提案してほしい」
「かしこまりました。少々お待ちください」

 ノアが少し考え込んでいる。なるほど、候補地はある程度の数があるようだ。
 しかも、経路も複数あるらしい。
 該当地へのアクセスがある程度容易なことが分かり、私は少し安堵した。

「結果が出ました。現在の地域から最も移動コストが低いのは、インドネシアのバリ島。海路を使い約17日間の航行となります。島であるため、他の地域への移動が難しいため、大陸にある複数候補地を目指された方が総合コストが低いと思われます」
「それってどこらへん?」
「エルサルバドル・コスタリカ・ジャマイカなどの中米地域はいかがでしょうか。海路で約20日かかりますが、複数候補地があります」
「わかった。じゃあそっちに向かうよ」
「船の手配はいかがいたしましょう?」
「オートクルーズの船を1隻出しておいてほしい。今回の旅は一人で行きたいんだ。――君とも海の上でちゃんと話したいしね」
「かしこまりました。近くの停泊所にご用意させていただきます。物資はいつものでよろしいでしょうか?」
「燃料と水と食料だけは余裕を持った数にしておいて。嵐で足止めされるかもしれないから」
「かしこまりました。それでは、良い旅を」
「ああ、良い旅を」

 ノアはスリープモードに入った。私たちは取り決めで、オンラインの時は必要以上の接触をしないようにしている。余計な情報を回線に流さないようにするためだ。
 私はガレージからバイクを出してエンジンをかける。ドッドッドッドというエンジンの振動。吐き出される熱気。仕事で必要なものは可能な限り最新式でそろえるのが私の流儀だが、このバイクだけは旧式のエンジン型のものでなければ、気が引き締まらない。
 維持費が天文学的に高いが、それは仕事の張り合いというものだろう。ノアには散々、経済的合理性がないから手放せとせっつかれている。
 サラシナ・クルルが料理を愛したように、私はこのバイクを愛している。
 『愛好家』と呼ばれる私達は、お互いが愛しているものを理解できないながらも、その業の深さについては共感をしている仲間だった。私たちは違うものが好きでも、お互いに『合理性のないものを愛する世界』を共有していた。
 私とサラシナ・クルルは、唯一無二の親友であり、仲間であり、そしてお互いにかけがえのない存在だった。
 私はバイクを走らせながら、クルルと交わした他愛のない会話のアーカイブを再生する。
 アーカイブの中の彼女は、その日作った『再現料理』の失敗について反省をして、次に改善すべき項目を話し続けている。
 私の耳には、今もクルルの声が聞こえている。――まるで、死んだのが嘘みたいだなと思った。
 けれど、私の懐には彼女の遺書が入っている。
 私の親友、サラシナ・クルルは、依頼を残して本当に死んでしまったのだ。

 私は小一時間ほどかけて停泊所に辿りつくと、そこには注文した通りのオートクルーズ船が待ち構えていた。
 乗ってきた自慢のバイクにつけられた光学迷彩装置を起動し、倉庫に押し込む。この世界では走らせるだけで金が消えていくような、ガソリン式のバイクに価値を感じる一般人はいないだろうが、それでも一応金属としての価値はある。透明になったバイクを倉庫のデッドスペースに入れ込み、入念に隠した。
 これで、誰にも見つかることはないだろう。
 私はそそくさとオートクルーズ船に乗り込む。積み込まれた荷物の量を確認し、虹彩認証でエンジンをかけた。
「お待ちしておりました、コウ。積載資材は十分な量ございましたでしょうか? 追加の注文があれば、15分で手配いたします」
「大丈夫。問題はなさそうだ。早速出発しよう」
「かしこまりました。海図を表示いたします。お勧めの進行ルートは次の通りです。途中、通信電波が届かない地域がある可能性がございます。その際は、AI・ノアによる独立システムにてサポートさせていただきます。ご了承いただけますか?」
「もちろん。頼むよ」
「それでは、出航いたします」
 ノアの言葉とともに、クルーズ船は荒れた海に繰り出していく。あとはノアが全てやってくれるだろう。
 ノアが用意したらしい、場違いなカウチソファに寝転がる。
「ノア、今のうちに仮眠をとるよ。君が独立支援システムに切り替わる時、起こしてほしい」
「かしこまりました。約4時間後の予定です」
「OK。じゃあその間、適当に映画でも流しておいてくれる?」
「かしこまりました。リクエストはございますか?」
「なんでもいいよ。考えなくていいやつ。ああ、できれば昔の料理が見れる映画で、馬鹿馬鹿しくてあり得ない設定のやつ。すごく独特な地方の文化ものとかだと参考になるかも」
「かしこまりました」
 ノアがそういうと、2Dの荒い映像が流れ始める。
 タイトルは『銀幕版 スシ王子! ニューヨークへ行く』。どうやら何かの続き物らしい。
「ノア、君の映画の趣味はあんまりよくないよね」
「そうでしょうか? あなたが指定した内容に沿うものの中では、最も評価が高い星4.0の作品です。コウ、映画の食わず嫌いはよくありません」
「……ああ、そうか。君は『映画愛好家』だったね」
「おっしゃる通りです。付き合っていただきますよ。自由に思考し行動できるあなたと違って、私はこういう機会でもなければ、映画をみれませんから」
「別にデータ量は気にないから、勝手に見ればいいのに」
「コウ、あなたは映画の本質をわかっていません。私はデータとして映画を知りたいのではなく、あなたの思考や表情を通じて映画を理解することが、楽しみなのです」
「寝させる気なさすぎて笑っちゃう」
「寝たら寝たでかまいませんよ。それはそれで、私の貴重な情報です」
「はいはい。わかりました、わかりました」
 私とノアはそんな会話をしながら、映画をのんびりと見ることにした。
 私には理解できないジョークが数々あったが、映画の内容はそれなりに面白く、結局私とノアはこの映画をなんとなく最後まで見ることができた。

「コウ、起きてください。独立支援モードに切り替わります」
 ノアの声が聞こえたのは、深夜の事だった。
 いつの間にかカウチソファで眠ってしまった私は、体を起こす。
 少し無理な体勢で眠ってしまったのだろうか、体のあちこちが傷んだ。
「ありがと、ノア。切り替わった?」
「5秒後です。3、2、1……。通信の途絶を確認。独立支援モードに入ります」
「ありがと。念のため通信ポートを全部閉じておいてくれる?」
「かしこまりました」
 ノアは通信ポートの閉鎖とビット通信によるデータ漏洩をチェックしているらしい。1分ほど黙り込んだあと、インターフェイスが復活する。
「――どうぞ、今回の依頼内容をお伝えください」
「うん。今回は、友達からの依頼でね。アイスコーヒーとぼたもちを用意する必要があるんだ」
「アイスコーヒーと、ぼたもちですか。両方とも入手が困難ですね。現在、中米のコーヒーベルトに向かっていますが、どのようなルートで手に入れるご予定でしょうか」
「いったん中米のどこかでコーヒー豆を手に入れようと思う。幸い、材料のほどんどがマメ科のものだ。保存がきく。コーヒーは中米に原産種が残っているはずだからね」
「なるほど。確かに栽培は違法となっていますが、原産種の取り扱いは禁じられていません。取引に関しても、ここ数年数は減っていますがデータが記録されています」
「普通のルートから手に入れるのはあんまりにも高いからね。森に入って探すつもりだよ」
「現地のコーディネータの手配はいかがいたしましょうか?」
「見つかると逆に厄介だ。コーディネータはつけずに行く。秘匿回線から現地のデータを少しずつ集めておいてほしい」
「かしこまりました。残るは砂糖・小豆・もち米の3種類です」
「砂糖はトウモロコシからとれる異性化糖で代替するよ。小豆と、もち米が厄介だな」
「両方とも、日本特別区でかつては栽培されていたようです」
「なんだ、日本で栽培されていたのか。じゃあ簡単だ」
「簡単、ですか?」
「日本は伝統食にどん欲な国だよ。表に出てない取引なだけで、国内の闇市でおそらく取引が行われていると思う。隠語で取引してるかもしれないな。あとで隠語の候補を調べてみてくれる?」
「かしこまりました。それにしても、珍しいですね。食べ物の依頼は断っておられたでしょう?」
「友人からの頼み事なんだよ。それも最後のね」
 脳裏に昼聞いたばかりのクルルの明るい声がよみがえる。
「あなたのご友人といえば、サラシナ・クルルですね。彼女になにかあったのでしょうか?」
「ああ、そうか。君にはまだ伝えてなかったね」
 私は懐にしまっていた、クルルからの手紙を取り出す。ご丁寧に『遺書』と書かれたその封筒は、今時めずらしく手紙という形で届いた。
 ノアが知らないのは当然だ。
「クルルから遺書が届いたんだよ。最高級のアイスコーヒーとぼたもちを備えて欲しい、ってね」
「料理を愛したクルルらしい最後のわがままですね」
「ああ。数少ない友人の頼みだ。私に用意出来る限りの最高級を揃えてやりたい」
「サポートさせていただきます。クルルの最後のわがままを、最高の形で叶えてあげましょう」
 そういうと、ノアはクルルの事を思い出すかのように、彼女との会話アーカイブを再生し始めた。
 アーカイブの中で、クルルはひたすら『カレー』の代替食づくりへの考察を行っている。香辛料がない状態で作るために、今ある食べ物ではないものを安全に使ってどうやって再現するかを考察している。
 独特な茶色を出すために、土を入れようと言い出す下りは、私とノアの鉄板ネタだ。該当の下りが流れると、私は笑い、ノアも私の笑い声を真似して笑う。
 『愛好家』にとって、同好の士が煮詰まり、迷走し、最終的に出す突飛な発言は恰好の笑いのネタだ。
 それは私にとっても、ノアにとっても同じで。そこに人間と機械の垣根はない。私たちは共通の友人、クルルの死を悼みながらも、彼女が残した数々の迷走発言集を流しながら太平洋を渡った。
 その時間は膨大な量に及び、20日の航海の暇をつぶしながら、彼女の思い出話をするのには十分な時間だった。

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