3-6.才気

卒業式から編入学、転居まではあっという間だった。

新しい根城として選んだのは古都京都、これまで居た九州の田舎町とは言葉はもちろん、文化も全く異なる。
とは言えやることは何も変わらない、さっさと働き口を探してこれまで通りの生活をまとめることが前提なのだろう。

大きな街だ、選ばなければ仕事など山のようにあったのだが、何より驚いたのは時給の高さ。
1.5倍、下手をすれば2倍、さぞかし難しい仕事なのだろうと若干の恐怖を抱き。
選んだのは家から自転車でほど近い、カラオケ店。
転居翌日、早速初日の出勤に臨んだ僕が一通りのアナウンスを終え、与えられた任務は、路上での声かけ、つまりは客引きだった。

割引券という名の武器を携え、路上に降り立った僕。
これまでチャレンジしたことのない仕事、ましてや売り上げに直結する内容、当然燃えた。
トライアンドエラー、などという言葉など知るのは何年も後、とにかく気合一発のチャレンジ案件だ。
大きな街に似つかわしくない、小さな店。15部屋かそこらのこじんまりとした店ではあったが、声かけ開始後2時間を待たず部屋は満席。
お兄さんも飲んでよ、という言葉が嬉しかった。

一通りのアナウンスとは言ったものの、メニューの金額などまでは把握していなかった。しかしながら、そのアナウンス中に試しに作ったお酒を勝手に飲んでいる先輩を見て、大した原価じゃないんだろうということを予測、お客様に対し僕も勝手にサービスを作りご提供した、これが功を奏した。

サービスの内容は“今入って貰えたら開始二杯人数分無料”というもの。
飲み放題というシステムの少なかった土地柄なのか時代なのか、何故か面白いように入って頂ける。

レジは扱わせてもらえなかった。とは言え先輩方はどの部屋が何を頼んだ、など把握していないので、数週間は誰にも何も言われなかった。

大型チェーン店が軒を連ねる地域において珍しく個人店である。発注はオーナーが直接行なっているらしかったが、顔を合わせたことはない。
そんなオーナーから呼び止められたのは、とある日の営業前。
褒めてもらえるかな、などという淡い期待を余所に、大目玉を喰らう僕。
どうやら、発注のスパンが短すぎることから気付かれたらしい。
この人も激しい人だ、烈火の如く、とはあの事だろう。

ウチは安売りせぇへんねや、それが一番のウリや
その代わり美味い食事を出す、そこにこだわってんねや
何を格下げてくれとんねん

格?そんな事気にしたこともなかった、それでもその言葉が胸に響く。
初めて叱られたから、ではなく。この人の言っている事はちゃんとした大人の言葉だと確信が持てたからだ。

せやけどお前見込みあるわ、今日はお前はここのバイトはええ
ちょっと付き合え

バイトの開始時刻が遅かったからか、薄暗くなってきた街並み。
僕は見知らぬ街で、初めて会ったオーナーに車に乗せられ、キラキラ光る大きな繁華街へと連れられる。

さしずめ、いつか見たトラックの二台で揺られる牛達はこんな気分なのかな、なんて甘いことを考えていた。

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