2-10.答辞

前にも言った通り、僕の通っていた学校は5年制。
大学へは一回生でなく、三回生への編入という形での入学となる。
受験の時期も大学によりけりで、何校も受験可能であることなど、何かとメリットも多いことが分かった。

相変わらず進学の目的そのものははっきりしていなかったものの、立派な大人になるという人生の目的を思い出した僕にとって、大学の存在はその近道であるような気がしていたんだ。
授業中に眠りこける、などということは不思議となかったからか、受験勉強に際し聞いたことのあるフレーズを思い出している感覚で、楽しかった。

選択した学部は、やはり工学部。
大人への近道、修学に時間がかからないことが決め手となった。
受験科目のメインとなるものは数学と英語、答えのあるものという教科であることもまた、その後押しとなったのかもしれない。

大人になる方法があるのだとしたら、夢とか目的とか。
もしかして、そういった漠然としたものなのか。

勝手に色々なもの諦め、勝手に色々なものを我慢し、絶望して。
誰もいない図書館の机の上で参考書を広げたまま、僕は笑った。
窓の外には新緑が鮮やかに芽吹いていて。
世界はこんなに明るかったのに、それにも気づかず。
独りよがりの駄々、自分以外の誰かに、こんなに大事なものを委ねるなんて。

周りの受験生たちと同じように、何かになりたい、なんてもの僕にはない。
だからと言って、夢や目標を語ってはいけないわけじゃない。
誰かと同じでなくていい、僕の人生だろう。
自分の見たいものを見る。
自分の感じたいものを感じる。
自分の感覚を信じよう。

僕は、立派な大人になるんだ

願書の提出も何とか間に合い、自分が何をしなければならないか、何をすべきかがはっきりと見えた。
マエセンは大学を出ているが、ノブオさんは中学まで。
同じように立派な大人と思っていた人達だが、経歴は異なる。
そんなことは関係なく。あの人達の事を心底尊敬してはいるけど、歩むのは紛れもない僕の道。
そうだよ、憧れを抱いた大人たちは、みんな自分の道を進んでいたじゃないか。

あの時僕は、人生の指針となる大きな決断をしたのだろう。
生まれてこなければ、という感情から始まった僕という一人の人間の物語。
この命が潰える時には絶対に、自分で良かったと思ってやる。
辛かったこと、悲しかったこと。
それ以上に多かった、ありがたいと思ったこと。
すべて認めた、だからこそ感謝など、してもしてもし足りない、はずだ。

そう言えば願書を提出しに行った時、先生方から頂いた言葉がやけに嬉しかったんだ。
大学に何を求めるか、という問いに対する僕の発言に笑みで応えてくれ。
お前のような奴こそ、大学に行くべきだ
そう言ってくださったんだ。
その時は意味など到底理解出来る訳もなく。僕が向かう道がどうなのかなど先生方には関係ないものだと思っていたし。
漠然と立派な大人になりたいと思っていた僕には、その方法なんて見えるどころか見ようともしていなかった訳で。
真意はさて置き、誰かに背中を押してもらうということがこんなにも心強いものかと、何度も周りの大人たちにしてもらっていたことの凄さや強さを改めて感じていた。

やりたいことなんか、無くていい
自分がもらった幸せを、誰かに返せる人間になりたい

それが立派な大人の持っている共通のものだと、そう思ったんだ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?